濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
那須川天心の“狂気のような冷静さ”と、笑顔で打ち合った武尊の気迫、流した涙…2人はなぜ、最高の舞台で「死ぬ覚悟」だったのか
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byTHE MATCH 2022/Susumu Nagao
posted2022/06/20 12:05
1R、武尊からダウンを奪った那須川天心の左フックの瞬間
「好きになったり振られたり」、恋人のように想い続けてきた武尊との一期一会は特別な上にも特別な時間だった。試合後、リング上でお互い泣きながらかわした会話の内容は「内緒」だという。
これまで41回勝っても、自分が最強だとは思えなかった。このところは試合をしてもワクワクすることがなかった。受けて立つ試合、勝って当たり前と思われてしまう試合ばかりだったからだ。そういう中で武尊戦が決まった。
「ずっと寂しかった。でもやっとここで出会えた」
この人に勝てば、本当に強いと認めてもらえる。命を捨てても惜しくないと思える相手だった。
「相手の印象? ずっと変わらないです。気持ちの入ったファイター。マジで出会えてよかった。感謝しかないです」
武尊が背負い続けた重圧
敗れた武尊も、那須川への感謝を口にした。
「この試合を実現できたこと、動いてくれた人たち、支えてくれた人たち、天心選手に心から感謝してます」
絞り出すような声だった。受けて立つ試合が続いていたのは武尊も同じだった。モチベーションは上がりにくい。しかし負ければすべてを失う。そんな中でK-1を背負い、引っ張り続けることができたのは那須川天心がいたからだ。あの男とやるまでは負けられない。その思いが武尊の支えだった。「これまで生きてきた時間が全部出る」とも語っていた。そういう試合が今夜、終わってしまった。彼は負けた。
「僕を信じてついてきてくれたファンの人、K-1ファイター、チームのみんなには心から申し訳ないと思っています……」
そこまでコメントするのが限界だった。付き添ったK-1のスタッフがコメント終了を告げる。取材陣との質疑応答はなし。それも仕方ないと思える状態だった。
客観的に見ればパーフェクトゲームだが…
ただ言えるのは、那須川天心が那須川天心らしく勝ったように、敗れた武尊も武尊らしかったということだ。どちらも自分が信じた闘い方を貫いた。命をかけるというその決意まで同じで、しかしまったくスタイルの違うファイトを見せ、その結果として那須川が勝った。
試合内容だけを客観的に見れば、那須川のパーフェクトゲームだ。しかし両者の涙を見て、言葉を聞いて、この試合に“客観”などどれほどの意味があるのかと思う。
蛇足を承知で書いておきたい。武尊という稀代のハードヒッターが成し遂げてきたこと、その価値はこの敗戦でもなんら損なわれはしない。
胸を張れ、とは今は言えない。だが那須川の完璧なまでの試合運び、怜悧な殺傷能力は武尊への想いが引き出したものだ。那須川天心は強かった。相手が武尊だからこそ、武尊でも勝てないくらいに強かったのだ。
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