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那須川天心の“狂気のような冷静さ”と、笑顔で打ち合った武尊の気迫、流した涙…2人はなぜ、最高の舞台で「死ぬ覚悟」だったのか
posted2022/06/20 12:05
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
THE MATCH 2022/Susumu Nagao
2人に“明日”はなかった。文字通り、命をかけていた。
6月19日、東京ドームで開催されたキックボクシングイベント『THE MATCH 2022』。そのメインイベントは那須川天心vs.武尊の“世紀の一戦”だった。いや、大会のメインイベントが那須川vs.武尊だったというより、そもそも大会自体がこの試合を行なうためのものだった。
那須川はRISEとRIZINで活躍してきた。MMA、ミックスルール含め公式戦無敗。キックボクシングルールでは41戦全勝である。対する武尊はK-1で3階級を制覇。41戦のうち、負けは新人時代の1つだけだ。
どちらも日本格闘技界の至宝である。対戦を誰もが待ち望んだ。だがRISEとK-1はライバル関係にある。団体として交わらないことで競い合っている。本人たちは闘いたくて仕方がなかったが、実現までには7年を要した。
入場料収入は20億円超…記録的な一戦に
先に対戦をアピールしたのは那須川。武尊は「逃げるな」といった批判、誹謗中傷も受けながら実現への道を探った。多くの関係者に会い、2020年の大晦日にはRIZINの会場に公式に赴き那須川の試合を観戦。この行動から、対戦が具体性を帯びてきた。
RISEとK-1の間を榊原信行氏(ドリームファクトリーワールドワイド社長。RIZINのCEOでもある)が取り持つ形で実行委員会が組織され『THE MATCH』が開催。チケットは即完売、5万6399人の観客が詰めかけた。入場料収入は20億円に達したという。ABEMAでのPPV中継も記録的な購入件数となったようだ。那須川と武尊が闘ってどちらかが勝ち、どちらかが負けるというのはそれだけの一大事だった。
もちろん、本人たちにとっては勝負の重さは数字で測れるものではなかった。大会前日の記者会見で、武尊はこう語っている。
「試合は命の取り合いだと思ってるので。負けたら死ぬのと一緒。試合後のことは何も考えてないです。明日、勝つことだけ考えてます」
「負けたら死のうと思ってたんですよ」
彼は打ち合いに滅法強い。相手の攻撃を被弾することもあるが、構わず前に出て殴る。打ち合いながら「死んでもいい」と感じることもあるという。曰く「殺される覚悟があるから殺しにいける」。毎試合、負けたら引退すると心に決めてリングに上がってきた。悲壮なまでの決意をもって武尊は勝ち続け、那須川戦を実現させた。
那須川も、前日会見でこう言っていた。
「明日は僕の最後の試合、人生最後の日です。やってやります」
昨年の段階で、那須川はボクシング転向を表明している。今回はキックボクシングのラストマッチ。だから「最後の試合」なのだろうと思われた。しかし「人生最後の日」とはどういうことか。明かしたのは試合後だ。
「負けたら死のうと思ってたんですよ。“これが遺書です”って動画も撮っていて。人生終わると思ってたので。よかったです、明日も生きられる」