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セリエA ダイレクト・レポートBACK NUMBER
〈W杯史に残る誤審劇〉韓国vsイタリアから20年…「レフェリー人生最高の試合の1つ」忌み嫌われた審判モレノが認めない“2つのミス”
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph bySandra Behne/Getty Images
posted2022/06/18 11:00
キックオフ前のホン・ミョンボとマルディーニ、モレノ主審。この時は大騒動が待ち受けているとは知る由もなかった
「ハハハ、これはいい!(韓国を勝たせるために)この調子でどんどんいきましょう!」
イタリアのゴールは有効だった。20年経った今、ビデオ映像を何度も見たモレノもそれを否定しないが、自らに責任はないとも言い張っている。彼の弁解はこうだ。
「誤審をしたのはホルヘ・ラッタリーノ副審です。あの時代、オフサイドのジャッジ権限は副審にありました。彼がフラッグを上げ、私はそれを信じただけ。私のいた位置からはオフサイド正否の判断は不可能でした」
イタリア代表主将マルディーニが頭部を蹴られたラフプレーをはじめ、モレノは重要な場面をいくつも「見ていませんでした」とのたまい、赤一色に染まったスタジアムでアッズーリは力尽きた。
『恥を知れ!』の報道、イタリアから40万通の抗議メール
試合後の反発は凄まじく、FIFAにはイタリアから40万通の抗議メールが殺到した。サーバーがダウンしたため、職員が徹夜で復旧作業を強いられた。
翌日のイタリア紙は、猛抗議するMFディリービオと目線を合わせない主審モレノの大写真、そして『恥を知れ!』の特大見出しで埋まり、あらゆるメディアで誤審と審判買収疑惑の追及キャンペーンが渦巻いた。
今でもはっきりと憶えている。6月18日はからっと暑い火曜日の午後だった。
筆者はフィレンツェの片隅にある馴染みのレストランにいた。安貞桓の頭を離れたボールがイタリアゴールに吸い込まれた瞬間、その場にいた全員が口をつぐみ、店から音が消えた。TV中継を見ながら怒鳴り散らしていた客たちも陽気なウェイターも押し黙り、セミの鳴き声と表通りを走る車の音だけが聞こえた。強い夏の日差しに似つかわしくない、重い沈黙が喪失感をより深くした。
それから10年と少し経った頃、決勝ゴールを取り消されたトンマージにインタビューしたことがある。
韓国戦について触れると「ああ、あの試合か……」と顔を歪ませた彼は苦笑いし、「その話だけは勘弁してほしい。トラウマだ」と懇願された。
カルチョの国にとっての“日韓W杯の韓国戦”とは、絶望と無念の入り混じった憤怒であり、いつか遂げねばならない雪辱なのだといえる。モレノも敵役だ。
今はなんとサッカー番組の司会をしている
日韓大会の翌年、モレノは母国エクアドルでも疑惑のジャッジを続けたためFIFAから資格停止処分を受け、33歳の若さで審判業から足を洗った。
紆余曲折を経た現在、極太の眉はそのまま、撫でつけていた七三の頭に明るいものが交じる彼は、『バイロンの笛』というサッカー番組の司会を務めている。