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《引退》メダリスト加藤条治は“ボロボロになって負ける姿”を伝えたかった…サンキョー廃部の“厳しい環境”も、森重航らは「世界でトップを張れる」
posted2022/04/02 17:00
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
JIJI PRESS
2010年バンクーバー五輪のスピードスケート男子500m銅メダリストで、同種目の元世界記録保持者である加藤条治(博慈会)が、このほど現役引退を発表し、会見を開いた。
37歳。スピードスケートが盛んではない山形市で生まれ、卓越したカーブワークで世界の頂点に挑み続けた。山形中央高校3年生だった2002年12月に、日本の男子高校生として初めてW杯に出場した早熟の天才は、その後、長きにわたって活躍し、2006年トリノ五輪から2018年平昌五輪まで連続して4度の五輪に出場した。
「スケートをやっているどんな瞬間も好きだった。最高のスケート人生。幸せでした」
3月29日に都内で開いた会見では、笑顔がこぼれることが多かった。
「メダルは銅1個だったけど、4度の五輪ですべて入賞できました」
体現した“理想の引き際”とは
五輪4大会の成績は6位、3位、5位、6位。世界記録を出したことからも分かるように、一発の強さを持っており、4度の五輪いずれも「金メダル候補」とされてきた。
「満足というわけではないけど、頑張ってきたなと思います」としみじみ言ったように、W杯では2005年の初勝利から2013年の通算14勝目まで9年間にわたって優勝という結果を残し続けた。
だが、胸を張った理由はそれだけではない。加藤の心の奥には、全盛期だったバンクーバー五輪頃から持ち続けていた「理想の引き際」があった。それを体現できたという実感が、晴れがましい笑顔につながったのだ。理想の引き際とは――。
「ボロボロになって動けなくなり、しっかり負けてから引退するというのが理想だと考えていました」
引退会見で初めて明かしたことだった。
「ボロボロ」や「しっかり負けて」に込められた真意はどのようなものなのか。加藤は偉大な前人の名を挙げた。