「たぶん、嫌々やっていた自分にコンプレックスを感じていたところもあったと思うんです。嫌いなんだけど、どこかで好きになりたいと思っている自分もいる。でも、そもそも好きで飛込を始めたわけでもないのに、代表になって、もっと上を目指すことを周りから期待される立場になってしまって」

　競技を引退したあとも、ずっとコンプレックスとして引きずってしまった部分だったと言う。

「好きこそものの上手なれ、って言うじゃないですか。引退したあと、いろいろなアスリートを取材させていただく機会があったんですけど、みんなその競技が好きで、だから一所懸命だし、厳しい練習も頑張れる。そういう姿を見れば見るほど、『もし自分が飛込を好きでやれていたら、もっと良い演技ができただろうし、もっと良い選手になれたんじゃないか』と思ったんです。やっぱり、そこがコンプレックスとしてずっとありました」

呪縛を解いたのは寺田明日香だった

　これほどまでに馬淵を縛り付けていたコンプレックスを払拭できたのは、あるアスリートからの影響も大きい。

　それは、馬淵と同じ境遇にある女子100mハードルの日本記録保持者、寺田明日香だった。

「自分の中でいちばん印象が強かったのは、日本記録を出したときにお子さんをだっこして写真を撮っていた姿でした。そのとき、娘さんがうれし涙をながしていたんですね。それがもう本当に驚きだったんです」

　母親がアスリートになる、ということは、子どもに寂しい思いをさせてしまうのでは……。競技に復帰することが子育ての面でマイナスになるとばかり思っていた。

「でも、子どもにアスリートだから見せられる姿もある、というのを教えてもらいました。母親になったアスリートが現役を続けることで、また違った母親の背中を見せることができるんだ、と思ったときに、もう一度飛込と向き合おうという思いが強くなりました」

　あれほど辞めたいと思っていた飛込競技と、今自らの意志で向き合おうと思えた。

「やる気があることが、私にとっては伸びしろなんです」

『もしかしたら、好きになれるかもしれない』

『飛込競技を楽しいと思えるかもしれない』

　その心を大事にしたい。そう思ったから、馬淵はその一歩を踏み出した。

「やる気があることが、もう私にとっては伸びしろなんですよ。その可能性を、自分は第2の競技人生で突き詰めていきたい」

（撮影＝末永裕樹）

＜#2、#3に続く＞

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