ラストマッチBACK NUMBER
目の状態が悪化し「視界全体が砂嵐のように…」卓球・水谷隼が現役最後の試合で“ボールの回転が見えない”のに勝てた理由
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKYODO
posted2022/02/27 06:00
3位決定戦・第4試合で14－12、11－9 、11－8と韓国の張を圧倒。勝利の瞬間、張本が駆け寄った
今まで見えなかったものが見えてきた
《もちろん読みが外れることもありますけど、仕方がないと割り切っていました。そうするしかなかったので》
それはリスクを伴う賭けだった。ところが、見ることを諦めた途端に今まで見えなかったものが見えてきた。これまで手が届かなかったものに触れることができた。
同じ静岡県磐田市出身の伊藤美誠と組んだ混合ダブルスでは、オリンピック史上初めて中国の牙城を破って金メダルを手にした。もう後がないという場面から何度も勝負をひっくり返した。
《球を見ていると遅れてしまうので読みと感性でプレーしていました。相手にチャンスを与えてしまう場面もあったんですけど、なぜか想像した以上の結果が出ました》
この日の第1試合では同じサウスポーの丹羽と組んで、ダブルス世界ランク1位の韓国ペアに対した。左利き同士のコンビは世界でも例がなく、敗色濃厚だと見られていたが、終わってみれば勝っていた。
《（2人が交互に打つ）ダブルスでは（ローテーションの利便性から）右利きと左利きが組むのがセオリーです。同じ左利きである僕らはラリーが長引けば長引くほど不利になる。だからチキータという攻撃的なレシーブを最初からどんどん出していこう、リスクがあっても挑戦していこうと丹波には言葉をかけました。そうしたら相手は初めて対戦する左左のコンビということもあって、僕らに対応できなかったんです》
水谷が選んだのはスピード勝負だった
見ようとすればするほど見えなくなる。つかもうとすればするほど逃げていく。勝負の世界には明らかに矛盾が存在した。水谷は卓球人生最後の大会で、その裏側を目撃することになった。
静まり返った東京体育館で第4試合が始まった。
水谷が選んだのはスピード勝負だった。ラリーが長引けば目に不調を抱える自分が不利になる。だからサーブから強烈なスピンをかけて、ポイントを奪いにいった。
だが試合は水谷の思惑とは裏腹に展開していく。
《相手は僕がかけた回転をわざと残したまま返してきました。そうすると回転は複雑になって、僕は見極められない。相手は僕の目のこともわかっていたと思います》
自らがかけたスピンに幻惑され、水谷は再び白い砂漠の中でもがくことになった。序盤からリードを許した。
やはり勝機は薄いのか――ふと日本のベンチを見ると、張本がいた。本来ならば次の試合の準備に入っていてもおかしくないタイミングだったが、彼はそこから動かず水谷を見つめていた。1ポイントごとに声を上げていた。
