土佐礼子「ここでついていったら自分はつぶれる」

「同じ名古屋国際でも前年とは雰囲気がまるで違ったのを憶えてます。あまり練習ができてないという報道もある中で、高橋さんがどんなレースをするんだろうって。私もケガであまり練習ができていなかったので、そこに注目してました」（敬美）

　レースはスローな展開で幕を開けた。沿道には二重三重の人垣ができ、高橋に対する声援はひときわ大きかった。

　前半は互いにけん制してペースが上がらない。先頭集団の中には、一般参加のゼッケンを付けた土佐礼子の姿もあった。

　土佐もまたこれが2度目のマラソン挑戦だったが、五輪の選考レースに出ているという緊迫感はあまりなかったと話す。「高橋さんの後ろにつければテレビに映れるかな（笑）」と自然体で臨み、ハーフまではリズム良く走れていた。予想外のことが起きたのは、その直後のことだった。

「23km過ぎでしたかね。高橋さんがスパートをしたんです。今までのハーフは何だったんだろうって思うくらい、ほんと衝撃的な速さで。ここでついていったら自分はつぶれるって直感的に思いました」

逆転で射止めたシドニー五輪日本代表の座

　圧巻のギアチェンジは土佐たちをあっというまに置き去りにした。高橋の背中が一瞬で遠のいていく残像は、大南姉妹の記憶にもしっかりと刻み込まれていた。

「例年だと名古屋城近くの最後の上り坂でスパートって感じなんですけど、ここで行っちゃうんだって。前半とぜんぜんスピードが違いました」（博美）

「いま思えば、あそこで上げないとタイムが狙えなかったんですよ。でもほんと速くて、サヨナラーって感じでした」（敬美）

　まだ20km近くも距離が残っているのにためらわずにスパートをかける。マラソン2戦目の名古屋では30km過ぎから、そしてバンコクではスタート直後から、いついかなるタイミングでも自ら仕掛け、その勢いのままゴールまで走り抜けられるのが高橋尚子の真骨頂だった。

　まさに変幻自在のスパートを見せ、前半を1時間12分40秒、ハーフ以降を1時間9分39秒で走り抜いた高橋は、トータルで弘山の記録を上回る。その結果、シドニー五輪日本代表の座を逆転で射止めた。

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