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藤井聡太vs渡辺明の“王将戦神局”を中村太地が解説 「羽生先生と通じるのは…」「2人でなければ“将棋が壊れてしまう”のでは」
 

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中村太地

中村太地Taichi Nakamura

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photograph byJIJI PRESS

posted2022/01/22 11:02

藤井聡太vs渡辺明の“王将戦神局”を中村太地が解説 「羽生先生と通じるのは…」「2人でなければ“将棋が壊れてしまう”のでは」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

藤井聡太四冠と渡辺明三冠の王将戦第1局は棋士視点で見ても非常にハイレベルな対局だったという(代表撮影)

「分からない部分があるから、やってみる。わからないからこそ進んでみる」

 そういったチャレンジ精神が特徴としてあります。既存で当たり前なものをやり続けていると、新たな発見を得られないのでは――藤井竜王の将棋を見ていると、8六歩もそうですが、派手な手、面白い手が出てきますよね。指している本人が「未知を切り拓くのを面白い」と感じているという点では、通じている部分なのかなとも感じています。

「悪手の海」なのに藤井竜王、渡辺王将ともに好手

 さて、ここまで一気に藤井竜王の話をしましたが……対局相手である渡辺王将も、ものすごいレベルでの指し手だったのです。中継をご覧になっていた方なら記憶にあるかと思いますが、評価値としてもずっと互角で進んでいました。展開としては定跡形から離れていって、中盤戦では技の出し合いやねじり合いとなり、そして終盤戦では見たこともないような形になった。なのにまだ形勢的に互角というのは、ちょっと信じられないというのが本心でした。

 見ている限り、一手間違うだけで評価値がガクッと落ちるような展開でした。何を指しても互角の将棋は「穏やかな海を渡るような」という表現になりますが、藤井竜王と渡辺王将の対局はお互いの玉が薄く、「荒波をうまく渡り切らなければいけない」というような状況だったんですね。

 こういった状況について「悪手の海」という言い方をよくするのですが――どれもが悪手ばかりの状況なのに、お互いがうまく好手を積み重ねていって均衡を保つ。さらには藤井竜王が勝利に気づいた局面に関しても、プロでも1分将棋をずっと続けていく中だと……というほどの難しさでした。

 それらを総合して、四冠と三冠が相まみえる、現代の最高峰の対局だったのではと感じます。2人ほどの力がなければ……語弊は承知の上ですが、すぐに「将棋を壊してしまう」のでは、と感じるほどの一局だったことは確かです。

114手目、1分将棋の中で「5三玉」か「9五歩」か

 最終的には敗れたとはいえ、渡辺王将からも凄みを感じました。それは勝敗を決する要因になった114手目です。1分将棋の中で渡辺王将は「5三玉」と引いた手があったんですが、ここが「9五歩」なら、展開は変わっていたのではというものです。「5三玉」は人間的には非常に気持ちが分かるというか、危険地帯にいる玉を安全なところに移動させた手です。しかしそれが結果的に“悪い手”になってしまったのです。

 ただ、渡辺王将は116手目に「9五歩」を指しています。

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