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[クロスモノローグ]行方尚史×木村一基「傷と杯の40年」
posted2022/01/22 07:00
text by
北野新太Arata Kitano
photograph by
Masakazu Yoshiba
同じ年に生まれ、小学5年生で出会った夏から、数えきれないほど盤を挟み、大人になるとグラスを傾けた。親友とも敵とも違う、ともに勝負師の宿命を背負うふたりの物語。
どちらからともなく「行こうか」と誘い合った。酒を呑みに行こうか、と。まだ昼間だけど。いつものように。
2021年11月26日、東京・将棋会館。木村一基と行方尚史は第7期叡王戦段位別予選九段戦で24度目の勝負を戦った。
午前10時に始まった早指し戦は相掛かりの流行最新型に進む。互いに薄氷の危険を孕む激戦となったが、長い一分勝負の末に行方が失着を指してしまう。
午後0時20分、投了。勝利を収めた木村は対戦成績を11勝13敗とした。
午後1時前、感想戦を終えて特別対局室を出る。会館前の緩やかな坂道を登っていく。37年前、10歳の二人が肩を並べて歩いた舗道だった。
馴染みの蕎麦屋の暖簾をくぐる。肴をつまみ、蕎麦をすすりながら近況や棋界の動向を語り合うが、終わったばかりの将棋の話はしない。二人の間にある暗黙のルールだった。気付けば瓶ビール2本、冷酒8合が空いていた。
2軒目を出る頃には、千駄ヶ谷の街は冬の闇に覆われていた。駅のホームで別れ、それぞれの家族が待つ街へ向かった。
遠い夢を見る少年だった二人は、数え切れない挫折と到達を繰り返した今、50代の足音を聞いていた。
なめちゃんと呑む時はお互い遠慮なく言いたいこと言えますね。怒らせたら帰っちゃえばいいから。最近は少し深酒になってて、こないだも対局時間より呑む時間の方がずっと長かった。彼は時々、ぶっ倒れるんじゃないかって呑み方になるんです。若い時代からそんな生き方をしてるから。