「全国的にすごく広がってきています」（河野監督）

　無論、令和の時代も変わらず、伝統を守る名門校もある。史上最多となる10度の全国制覇を誇る世羅高（広島）、1500m、3000m、5000mで高校歴代1位の記録をマークした佐藤圭汰（3年）を擁する洛南高（京都）もその例に漏れない。

　関東の有名校では埼玉栄高（埼玉）がよく知られたところ。東京オリンピックで6位入賞を果たした、マラソン日本記録保持者である大迫傑さんの母校もそうだ。佐久長聖高（長野）は今年度の全国高校駅伝でも上位を狙うほど戦力が充実しているものの、最近では県内の有力選手が髪型を理由に他県の強豪校を選ぶ例も出てきているという。

丸刈りが理由で選手が集まらなくなり、負けるのは……

　ただ、指導者の世代交代は進んでおり、変革するタイミングを窺っている高校もあるのかもしれない。田澤の母校である青森山田が、まさにそうだった。河野監督は決断を下す前、OBたちに意見を聞いたという。現在、実業団のヤクルトで活躍する堀合大輔は「これも時代なんですかね。河野さんにお任せしますよ」と理解を示してくれた。田澤からは母校愛にあふれる言葉が返ってきた。

「僕は丸刈りが嫌でも山田を選びましたけど、そんな理由で選手が集まらなくなり、山田が負けるところは見たくないです」

青森山田高校で練習に励む、当時の田澤　※学校提供

　髪型の自由を許されなかった教え子の声には背中を押された。そして、2020年全国高校駅伝の青森県予選で優勝を決めた日、帰り際に何の前触れもなくいきなり切り出した。

「明日から髪を伸ばしていいよ」

　信じられないような言葉を耳にした選手たちは、状況をうまくのみ込めずにきょとんとしていたという。長年受け継がれてきた不文律が破られた日から、バリカンで短く刈り込む者は誰もいなくなった。冗談まじりに「丸刈り頭のままでもいいんだよ」と付け加えたが、全員が思い思いに髪を伸ばし始めた。河野監督が抱いていた一抹の不安も杞憂に終わった。

「いきなり開放感に浸って、ハメを外す選手が出てくるとまずいと思いましたが、それはなかったですね。1年経ったいまも、みんなが許容範囲内の髪型にしています」

“脱丸刈り”の影響は、勧誘活動にとどまらない。無個性に見えた風貌の変化は、既存の選手たちの走り方まで変えた。

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