「実力ではなくキャリアに注目されている」「『若いから箱根駅伝には価値がある』という意見もあった」31歳大学生ランナーが葛藤した“挑戦の2年間”

　2020年春、新入部員とともに当時29歳の今井が入部すると、たちまちメディアの注目の的となった。「元体育教師が箱根挑戦」「元教師の異色ランナー」。雑誌やテレビにネットニュース、多くの媒体で、前例のない挑戦が取り沙汰されてきた。

「最初は誰でも注目されるのが気持ちいいじゃないですか。1年目は特に『ああ、俺注目されているな』と思いましたし、期待に応えなきゃいけないという気持ちもありました。でも、だんだん結果が出せなくなってきて……。沢山のカメラの前で走ることが楽しいというよりも、ある意味怖さを感じることもありました」

予選会前日の夜、布団の中の身体は震えていた

　メディアの注目とは裏腹に、前回の予選会でチームは15位に沈んだ。今井にとってはラストチャンスだった10月の予選会。メディアで強気な姿勢を見せる一方で、精神的にナイーブな状態が続いていた。

「次に布団に入る時には順位が決まっているんだなと思うと……」。予選会前日の夜、電気を消して布団に潜り込んだ今井の身体は震えていた、という。

「箱根駅伝に出られずにこのまま手ぶらで終わってしまったら、という不安は大きかったです。これだけ取材してもらったのに箱根に進めなかったら、全部載せられない記事になるのかなと思うと怖かったですね。これだけビッグマウス叩いて、箱根に行けんかったら、ただの見世物というか……」

すべての写真を見る（5枚）

　翌日の予選会、チームは8位通過で悲願の初出場の切符を手にした。しかし、歓喜の輪の中で今井は一人、ふがいなさを感じていた。自身の結果はチーム内で合計タイムに反映される最後尾の10番手。チーム内で3、4番手と目されていた走りは、明らかに精彩を欠いていた。メンタルのブレは、走りにも影響を与えていた。

「31歳の体育教師ランナー」が独り歩きしている

「予選会前からとにかく調子が悪くて、もがき苦しんでいました。1カ月半ぐらい思うように走れなかったですね。根本的に気持ちが死んでいた部分もあったので、完全にメンタルがやられていました」

　周囲から期待を寄せられることは励みとなる半面、重圧となって知らずしらずのうちに今井の肩にのしかかっていた。走りとは別に、「31歳の体育教師ランナー」という経歴が独り歩きしていることにも苦しんでいたという。

【次ページ】　「若いやつが走るからこそ価値がある」という意見も