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「テレビつけたらもう終わってた」箱根駅伝“超特殊区間”6区走者たちの悲哀…青学大のあの名手も「山下りは神とは呼ばれないんです(笑)」
posted2026/01/15 06:01
第94回大会の6区、青学大の小野田は東洋大の今西を抜き去ってトップに立つ
text by

佐藤俊Shun Sato
photograph by
JIJI PRSS
館澤亨次(当時DeNA)が言う6区の「怖さ」を同じように語ってくれたのは舟津彰馬(当時小森コーポレーション)だった。
「もう想像がつかないぐらいの下り坂なんですよ」
本戦連続出場が途絶えた時期の古豪・中央大学で1年生主将に任命された舟津は、3年時の'19年に6区を走った。区間17位と好走できなかったが、だからこそ箱根の山下りの難しさを知れた部分もあるという。
怖くて走り方も分からなくなる
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「ずっと崖のふちに立って背中を押され続けているみたいでした。時計をしている手を上げることすら許されない。タイムの出なかった自分でさえそう感じたので、タイムを出した人は本当に死ぬ気で、コケてもいいぐらいの気持ちで攻めてるんだと思います」
そこにブレーキを踏む意識が入る余地はない。躊躇は失速と同じだった。
「後傾して体がのけ反ってしまうと、後ろに引っ張られたように止まってしまう。もう怖くなって、走り方も分からなくなってしまうんです。足にも負担がかかる。太ももの前側やひざ下を使って足を回し、いかに平地と同じ感覚で接地し続けられるかが大事なんです」
それでもどこか効率の悪い走りになっていたのは、レース後の足のダメージを見れば一目瞭然だった。足の裏に「寒さと靴擦れ対策」としてワセリンを塗っていたが、全く意味をなさなかった。シューズを脱ぐと、親指どころか人差し指まで靴下を突き破っていたという。足へのダメージも1週間は消えなかった。
それこそが傾斜角だけでは計り知れない6区の怖さでもある。
「6区を走った人はそのままの流れでは春から実業団で走れないとか、大学の試合でも走れないと噂になることがありますよね。それは選手個人の実力の問題ではなく、それだけ足への負担がすごいから。回復に時間がかかるってことなんです」

