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指導の原点は“ピクシーを叱ったベンゲル” 元名古屋GK伊藤裕二56歳が率いる中部大第一の挑戦「僕らが一番弱いんじゃないかな」
posted2021/12/23 11:04
text by
イワモトアキトAkito Iwamoto
photograph by
Akito Iwamoto
100回目を迎える全国高校サッカー選手権大会に異色のチームが出場する。
愛知県代表の中部大第一高校、県リーグ“3部”に所属する同県日進市の私立高だ。
県大会では1回戦から決勝まで全6試合を無失点で勝利。ゴールを許さない姿勢は監督譲り。チームを指揮するのはJリーグ創設時の名古屋グランパスで守護神を務めた伊藤裕二、56歳である。
夢の舞台を前に「僕らが一番弱いんじゃないかな」とあっけらかんと笑う伊藤。その姿を体現するかの様にいつも自然体な選手たち。失うものは一切ない、楽しんだもん勝ち。この冬、史上最強の最弱チームの挑戦が始まる。
「ほんと教えるの好きなんですよ」
11月下旬、期末試験の真っ只中、週末の金曜日。グラウンドに集まった選手たちの顔はいつになく明るい。テスト勉強から解放された喜びを表すかのように夢中になってボールを追いかける。放ったシュートは勢いあまって大きくゴールの枠外へ。その様子に伊藤は身体をのけぞらして笑う。
「今できるサッカーを楽しんでほしい」
いつでも伊藤は選手たちをそんな温かい目で見守ってきた。
監督就任8年目、優勝までの道のりは決して平坦ではなかった。
2014年、サッカー部の強化を目指す中部大第一高校からの要請を受けて訪れたグラウンド、空気が充分に入っていないボールに数の足りないビブス、色褪せたカラーコーン……。
ベンチに座り練習を見つめる部員に声をかけた。
「どうした、なんで練習してないんだ?」
「指を怪我してるんで見学です」
「右足? 左足?」
「いや、手の」
サッカーに対する意識の低さ、足りない環境、何から教えればいいのか。Jリーガーとして、その後はアカデミーやトップチームでコーチとしてプロの世界を見てきた伊藤にとってそれは新たな挑戦でありやりがいを感じる場所だった。
「ほんと教えるの好きなんですよ」
選手の成長を肌で感じられることがコーチの醍醐味。伊藤自身、監督の手腕でチームが劇的に変わる姿をその目で何度も見てきたからこそ、その役割の意味を知っている。