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元川崎FW安柄俊(31)が味わった理不尽な“Kリーグ1部移籍破談”…苦しみを救った北嶋秀朗と中村憲剛の言葉とは?《2部で2年連続MVP》
text by
キム・ミョンウKim Myung Wook
photograph byBusan IPark
posted2021/12/04 17:00
中央大を卒業後、川崎や熊本などを経て2019年にKリーグへ渡った安柄俊。今季は同2部の釜山アイパークに所属し、得点王・ベスト11・MVPを2年連続で獲得した
「ショック以外の何物でもないですよね……。本当にこれからどうすればいいんだろうと路頭に迷いました。チームを探すにしても、もうどのクラブもほぼ補強は済んでいる状態でしたし、自分はこのままプレーできない状態が続くんじゃないかなと思っていましたから。家ではずっと放心状態でした」
Kリーグ2部の得点王、MVPがプレーするチームが突然なくなるという前代未聞の騒動。そこに手を差し伸べたのが、2部釜山アイパークだった。
「1部でプレーしたい気持ちはありましたが、自分を必要としてくれた事がとても嬉しかった。それならもう一度、2部だけれども頑張ろうと決めました」
ただ、完全に気持ちを切り替えられたわけではなかった。再び1年を2部でのプレーに費やすのかと考えると気持ちは重くなるばかり。それに新しいチームに馴染み、再びゴールを量産できるのかも未知数だった。
「そんなときに支えてくれたのは妻でした。一緒にがんばろうと泣いて励ましてくれました。側にいてくれたのはすごく大きかったです」
祖父母が生まれた地とはいえ、日本生まれの在日コリアンである安にとっては、いわば韓国も海外のようなものだ。慣れない土地で生活するのに家族の存在はやはり大きい。
北嶋秀朗と中村憲剛の言葉
そして、どん底に落とされた安を再びやる気にさせたのは、かつてJリーグでお世話になった先輩たちだった。
安は熊本時代にコーチとして指導を受けた北嶋秀朗に連絡をした。移籍がなくなった話を伝えると「そんなことがあるの?」と驚いていた。そのうえでこうアドバイスしてくれたという。
「ビョンジュンの辛さは、ビョンジュンにしか分からない。だから俺ががんばれというのは、きついと思う。無理に気持ちを切り替えようとしたら、もっと精神的に病む可能性があるから、今は落ち込むだけ落ち込んだらいい。そしたらいつかはポジティブになれる日が来る。今は自分の気持ちに正直になってもいい」
また、かつて川崎フロンターレでチームメイトだった中村憲剛にも連絡した。そのアドバイスは北嶋とはまた違うアプローチだった。
「確かに辛い状況だと思う。でも、釜山がそういう状況でもビョンジュンを信頼して、契約してくれた。また2部だからといって、真剣に取り組まないのはクラブに失礼になる。だからもう1年、2部でも自分の存在を証明するチャンスだと思って、獲ってくれたクラブに対する礼儀も含めて、頑張るしかない。もう1回、得点王を獲れよ。得点王を獲って見返してやれ」
胸に響く言葉だった。だが、どこかで「それはきついな……」とも思っていた。
しかし、北嶋は自身の経験を踏まえたうえで、こう言ってくれていた。
「いざ練習が始まると、真剣なモードになるから、集中しはじめて邪念がなくなるものだよ。ボールがいざ目の前に転がったら、サッカーに集中できるから」
安もいざチームに合流すると、自分の気持ちが切り替わっていくのがよく分かったという。
「キタジさんもメンタル的にそういう時期があったと聞きました。ビョンジュンなら大丈夫だよって言ってくれて、実際に僕もそれを感じました。1部だろうが2部だろうが、こうしてサッカーできるのは幸せだなって改めて思いましたし、周りがサポートしてくれるのは本当にありがたいなって思えました」
試合でゴールを決めるたびにメンタルは落ち着いた。チームメイトやスタッフも最大限にサポートしてくれたことも大きかった。
そして中村が言った通り、もう一度得点王を獲った。江原FCは安を獲らなかったことを後悔していたと聞く。この悔しさをゴールで見返した。