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投げ込まれるメガフォン、殺気立つ星稜&明徳スタンド、異例の試合中断⋯5連続敬遠後、目を閉じた松井秀喜が“神様にお願いしたこと”
text by
中村計Kei Nakamura
photograph bySankei Shimbun
posted2021/12/11 11:01
松井秀喜の「5打席連続敬遠」。レフトスタンドの観客からメガフォンや缶ビールが投げ込まれ、試合は一時中断となった
あの試合、松井が悠然とした態度を貫けた理由
根上中でコーチをしていた高桑充裕は、そのときの松井の様子を鮮明に記憶していた。
「二年の秋でしたね。中学でキャッチャーが立ち上がって敬遠するなんてことはまずないんですけど、そのときは立ち上がったんです。前の打席で松井が長打を打ってたんですよ。確か、二、三塁だったですかね。本人も最初はなんで立ってるのかわからなかったみたいです。だから、一球目、二球目あたりはスクイズを警戒してウエストしてきてるのかなって感じだったんです」
ところが3ボールになった瞬間だった。自分が勝負を避けられていることにようやく気づいた松井は投手をぐいっとにらみつけた。そこまでは一球一球監督のサインを見ていたのだが、最後の一球のときはもう見ていなかった。
「まあ、ピッチャーをにらみつけたまま一塁に歩いていくぐらいならよかったんですよ。彼も四番ですから、それなりの責任感もあったでしょうし。それが四球目が外れたとき、ピッチャーをにらみつけながらバットをバーンと下に叩きつけたんです。それ見て、僕はベンチを飛び出したんです」
高桑は、一塁に向かおうとする松井の襟元を左手で引っ張って、こっちを向いた瞬間に空いている方の手で平手打ちを食らわせた。
「なんやその態度は! おまえはそんなに偉いんかあ!」
思わず手を上げた理由を高桑はこう説明する。
「道具を大切にしろってことはいつも話していたことだったんです。だから『打者にとって、命の次に大事なバットを粗末に扱うとは何事だあー!』ってね。あのときは僕もかなり熱くなりましたね」
松井があの試合、五回も勝負を避けられながらも悠然とした態度を貫けたのは、ひとつにはこのときのことがあったからだった。
そしてもうひとつはこう思うのだ。松井は「常に打つ準備をしていた」と話していた。だったらと思い、こんな質問をしてみた。
「ちょっと前に詰めて打ってやろうとかは考えなかったんですか?」
すると「それはない」と言下に否定した。
「自分のいつもやってることを崩してまで、どうたらこうたらってのは」
松井のプライドを感じた。自分がいつもやっていることを崩すこと、松井にとってはそれこそ屈辱以外の何物でもなかったのだ。(後編へつづく)