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日本シリーズ絶望が報じられても「伊藤智仁は絶対に投げてくる」…森祇晶と野村克也、名将同士の“静かなる心理戦”の内幕
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2021/11/16 17:04
ルーキーイヤーの93年、前半戦だけで7勝2敗、防御率0.91という驚異的な成績を残した伊藤智仁。7月4日の登板を最後に故障で戦線を離脱したが、西武を率いる森祇晶は警戒を緩めなかった
もちろん、森も黙ってはいない。
この年、一軍では一度も登板していない渡辺智男をシリーズ出場枠に登録した。結局、この年のシリーズで渡辺は一度もマウンドに上がっていない。
知将同士の静かな場外戦は続いた。
知将同士の第二ラウンドが幕を開ける
決戦前日となる10月22日、この日は注目の監督会議が行われた。その直前、森と野村がグラウンドで対面する。先に声をかけたのは森だった。
「よぉ、大監督!」
握手を交わしながら、野村が応じる。
「何か、えらい謙遜しとるね」
野村が答えると、ここから知将同士の腹の探り合いが始まる。
「あまりマスコミを喜ばせなさんな、余計なことをしゃべって」
「何を言っとる。プロ野球はマスコミの下に成り立っとる。それより、すごいやないか」
「どこがすごい?」
「あんたが、“悪い、悪い”言うから調べたが、どこが悪い。防御率が0点じゃないと満足しないんじゃないか? うちなら4点台で御の字や」
「あんたんとこは効率がいいけど、うちはそうじゃないから」
固唾を呑んでこのやり取りを見つめていた報道陣は「今年の監督会議も舌戦が繰り広げられるのだろう」と予感した。
しかし、その予感は外れることになる。
92年は「不正球使用疑惑」、そして「スパイ疑惑」を西武サイドにぶつけて、明らかな陽動作戦を採った野村だったが、93年は一転して無言を貫いた。そこにはどんな考えがあるのか? もちろん、森も余計な言葉は漏らさない。
前年は60分にもわたった監督会議が、この年はわずか9分で閉会となった。
92年とは打って変わった静かな幕開け。
森祇晶と野村克也の第二ラウンドが始まろうとしていた─。
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