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日本代表の中田英寿とペルージャの中田英寿は別人だった?《ジョホールバルの一撃》に“殺意”が感じられなかった理由
text by
金子達仁Tatsuhito Kaneko
photograph byAP/AFLO
posted2021/11/16 17:01
初のW杯出場に導く活躍を見せた中田英寿(当時20歳)。試合後のインタビューでは「楽しかった」と激戦を振り返っている
「開幕戦での2ゴール、それもユベントス相手の2ゴールっていうのは、イタリア人にとっては驚きだったみたいで、こっちのメディアがものすごく書き立てたわけですよ。(中略)それまでだったらまずボールが回ってこなかったようなシチュエーションでも、だんだんとボールが回ってくるようになった」
結局、このシーズンの中田は、キャリア初にして唯一となる2桁ゴールを記録する。ローマから引き抜きの声がかかったのも、その得点力が評価されたという面がたぶんにあったことだろう。
認められるために、生き残るために、彼はそれまでの自分ではない自分になった。
少なくとも、わたしはそう思っていた。
中田英寿はペルージャで変わったのか?
あのコースに打てばGKは弾くのが精一杯――そう考えてのシュートだったと中田は言った。
改めてジョホールバルでの映像を見直してみると、ペルージャでの中田とはまるで違った中田がそこにいた。
シュートを打ったのは、ペナルティエリアに進入する直前の、ほぼゴール真正面の位置だった。セリエA初ゴールを決めた位置に比べれば、難易度は極端に低い。
だが、軸足が滑ってしまったこともあるだろうが、左足から放たれた一撃には、まるで殺意が感じられなかった。絶対に決める、決めなければ、という気概よりは、「置きにいった」気配が確かにあった。それは、ゴールというものに重きを置いていなかったころの中田英寿そのものだった。
ペルージャに行ったことで彼は変わった。それまでとは違うタイプの選手になった。この原稿の依頼をいただいた時も、わたしはそう思い込んでいた。
だが、改めて眺めたウィキペディアに、意外な数字があった。