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《スケートカナダ優勝》王者ネイサン・チェンを襲った“コーチ不在”のハプニング…それでも「ぼくは大丈夫」と即答できた理由
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byGetty Images
posted2021/11/02 17:03
スケートカナダではフリーでコーチが不在となるハプニングに見舞われながら、優勝を果たしたネイサン・チェン
これは日本の関係者にとっても他人事ではないので、少し詳しく説明する。
新型コロナウイルスのパンデミック下での大会開催条件は、各国の政府と運営する連盟によって異なっている。アメリカではPCR検査の陰性証明書とワクチンパスポート、マスク着用のみだった。だが政府の規制がより厳しいカナダでは徹底したバブル方式が敷かれ、関係者はオフィシャルホテルと会場の中でも決められた区域内のバブルの中に隔離されていた。
だが会場内でどこがバブルの境界線なのか明確に表示されていなかったため、アルトゥニアンコーチは意図しないままにバブルの外に出てしまったのである。
ロシア人ジャーナリスト、エレナ・ヴァイセココフスカヤによると、アルトゥニアンは男子SP後にホテルに戻ろうとしたら、知り合いのアイスダンスコーチに、自分の生徒の演技を見て意見をもらえないかと頼まれた。そこで階段を上って観客席へ行き、演技を見た後に再びホテルに戻ろうとしたところ運営関係者が来て、彼はバブルの外にいることを告げられたのだという。
バブルの境界線のところに警備員もおらず、張り紙もされていなかった不手際を運営側は認め、すぐにサインが掲げられた。
「大変残念な状況でできれば避けたかったのですが、一度バブルの外に出てしまった人物を中に戻すということは、このプロトコールの意義が失われてしまうので、できないのです」とカナダ連盟広報のアマンダ・スペロニは説明する。
アルトゥニアンコーチは元に戻ることが許されずに、クレデンシャルパスのはく奪という結果になった。チェンはコーチがボード際に付き添うことができないまま、フリーに赴くことになったのだ。
コーチ不在にチェンは「ぼくは大丈夫です」
だがチェンは、強かった。アルトゥニアンが電話で何が起きたのかを説明した時、チェンは即座に「すぐにアメリカに戻りたければ、そうしてくれてもぼくは大丈夫です」と答えたのだという。だがアルトゥニアンは、一般の観客席から見守ることにした。
フリーは冒頭のジャンプを4サルコウにし、組み込んだ4回転は3種類、合計4度と彼にしてはかなり難易度を落としてきたものの、最後まで大きなミスなく滑り切った。フリー200.46、総合307.18で、2位のジェイソン・ブラウンに48点近くの点差をつけて優勝した。スケートアメリカの得点より、およそ38点高い。
「スケートアメリカよりも、だいぶ良い演技ができました」と会見で語ったチェン。「毎回どの大会でも、前回よりも進歩したいと思っているので、前に進めて良かったです」