テニスPRESSBACK NUMBER
悩む国枝慎吾がフェデラーに質問「どう戦うべきか?」〈五輪金&全米OP連覇〉に導いた“絶対王者の回答”とは
posted2021/09/18 17:04
text by
内田暁Akatsuki Uchida
photograph by
Getty Images
「日本のみなさんに、ハイレベルなプレーを見てほしい。海外にも面白いプレーをする選手はたくさんいるので、車いすのファンを増やしたいと思っています」
開幕を目前に控えたパラリンピックの目標を問われた時、国枝慎吾はそう言った。
自身が人生を捧げる競技の魅力を多くの人々に知ってほしい――その言葉の背後にあるのは、見てもらえれば必ず魅了できるという、確固たる自信だろう。
同時に、個々の人生や個性を反映するプレースタイルと、その衝突が生む豊かで痺れる現在の車いすテニスの競技性こそが、“絶対王者”国枝慎吾の存在により築かれたものだ。
絶対王者が約半年もコートを離れた理由
「New SHINGO is coming!」――新しいシンゴがやってくるんだ!――。
自信に満ちた笑顔で国枝が宣言したのは、2018年1月の、全豪オープンを制した時のことである。
2017年は国枝にとって、疑心暗鬼と試行錯誤の日々だった。前年には優勝候補としてリオ・パラリンピックに挑んだものの、肘に故障を抱え準々決勝で敗退。その後も痛みは消えず、同年末から翌年にかけ、約半年コートを離れた。
その間、抜本的な問題解決のため、フォームを見直し、ラケットを替え、そしてプレースタイルそのものの改革を目指す。2017年4月には、長く師事したコーチを離れ、ツアー転戦経験も持つ岩見亮をコーチにつけた。ボレーの名手として知られた岩見に求めたのは、ネットプレーを多く取り入れる超攻撃型テニスの構築だ。
以前の自分に戻るのではなく、新たな地平の向こうを目指すことで、疑いを打ち消し前を向く。その末に手にした全豪オープンタイトルは、国枝が「今までで一番嬉しい」と明言する、完全復活への狼煙だった。
ライバルに勝つために突き詰めた“わずか7ミリ”
この時の全豪決勝で国枝が戦ったステファン・ウデは、東京パラリンピックの準々決勝でも熱戦を演じた最大のライバルである。大会を迎えた時点で、両者が重ねた対戦は60回。それは国枝にとって、自らを高め、ゆえに車いすテニス全体のレベルを引き上げた、自己研鑽と切磋琢磨の歴史である。