ボールの見極めができるようになったと栗山は語ったが、田邊コーチによれば、入団当初から栗山の選球眼はずば抜けてよかったという。

　ある試合、見逃し三振でベンチへ帰ってきた栗山が「今のはボール半分外れてました」と不満そうに言った。田邊コーチは言い訳をしているのだと思って取り合わなかった。その後も栗山の同じような発言が続いた。

「あとで動画で見てみると、本当に外れているんですよ。彼にはちゃんと見えている。見極めていた。高卒で入ってきた選手であそこまで選球眼がいい選手はほかにいなかったですね」

選球眼の良さに加え、巧みな打撃技術を身につけたことで大台にたどり着いた（写真は2020年）©︎Nanae Suzuki

二軍落ち「1カ月で打率4割打て」

　そして、長い付き合いの中で、田邊コーチが「最も印象に残っている」という逸話がある。栗山が一軍で起用され始めたばかりのころのことだ。

「札幌ドームで出場していたクリが、外野守備でエラーをしたんですよね。当時、私は二軍の打撃コーチを務めていたのですが、即二軍落ちを言い渡されたクリが、仙台遠征中の二軍に合流してきました。1人で札幌から仙台に移動してきたんですけど、かなり落ち込んでいる様子でした。私は『落ち込んでいても仕方ない。とにかく1カ月で打率4割打て』と声をかけました。バッティングで成績を残すことで、守備も良くなるタイプの選手だから『とにかく打て』と言いましたね」

　栗山はその言葉に発奮した。田邊コーチは続ける。

「結果的に、本当に4割近くヒットを打ったんですよ。驚きましたね。こうなるとバッティングコーチとしては、何としてでも一軍に推薦してもらいたい。当時の二軍監督だった渡辺久信に進言しました。『1カ月で4割近く打っているので、ぜひ一軍に上げてほしい』『このタイミングを逃すのは惜しいです』と言ったことを覚えています」

　田邊コーチの言葉を聞いた渡辺二軍監督は、すぐに一軍監督に栗山の昇格を推薦したという。その後、栗山は一軍に定着した。

　ただし打撃がよいからと守備に目をつぶってもらったわけではなかった。二軍降格後はイースタンリーグの試合のあと第二球場に残り、長時間にわたり特守を受けていた姿を筆者は目にしている。水を飲みに行く時間も惜しかったのだろう。芝生の上にペットボトルを置き、休みなく連続で、何度も何度もフライ、ゴロ、ライナー性の当たりを追っていた。

　ライオンズというチームは、守備をおろそかにしてはレギュラーにはなれない。栗山にとっては屈辱的な出来事だったかもしれないが、若き日に身を持ってその厳しさを知ったからこそ、こうして大記録が達成できたのだと思う。

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