オリンピックへの道BACK NUMBER
“どん底”に落ちた阿部詩は兄・一二三に電話をかけた 柔道“金”の2人はどんな兄妹?「常に前にいてくれるので、自分は頑張れます」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byRyosuke Menju/JMPA
posted2021/07/26 17:10
阿部一二三と阿部詩は同日に兄妹で金メダルという快挙を成し遂げた。この日に至るまで支え合ってきたふたりには物語がある
指導「0」、1本を獲る柔道で完勝した一二三
詩に続き金メダルを獲得した一二三も完勝と言ってよかった。延長にもつれる試合もあったが、持ち味の1本を獲る柔道を貫いた。その積極性は、与えられた指導が「0」であったことにも表れている。
「冷静でいながら前に出る柔道、そしてしっかりワンチャンスをものにする柔道ができたと思います。1年延期になって、心技体の面すべてでレベルアップしたものを見せることができたと思います」
夢は現実となった。その夢を思い描いた頃を一二三は語る。
「妹がシニアで活躍しはじめた高校1年生か2年生の頃に、東京オリンピックで同時優勝というのは思い描いていました。取材だったりでお互いが(その夢を)口にするようになったかなという感じです」
そんな兄について、優勝を決めたあとの詩はこう表現した。
「私の前をいつも進んでいて、先に私の背中を引っ張ってくれる存在です」
「兄ちゃんはもう強かったので」
柔道を始めたのは少年教室に通う兄の姿に「楽しそうだ」と感じたのがきっかけだった。
小学生の頃から全国大会に出るようになったが、目立った成績は残せずにいた。
2013年に東京五輪招致が決まった瞬間は、一二三の大会出場について行った先の埼玉県にいて、リアルタイムで中継を観ていた。
「兄ちゃんはもう強かったので現実的な目標になったと思います。私も『よし、目指そう』とは思いましたが、結果を出していなかったので憧れくらいで。(オリンピックは)雲の上の存在でした」
憧れではあっても、心に思いが芽生えた瞬間だった。漠然としていても、すでに柔道界で頭角を現していた兄の存在あっての思いだった。
やがて兄を刺激として詩は成長し、全国レベルで柔道界において注目される存在となっていった。