オリンピックへの道BACK NUMBER
“どん底”に落ちた阿部詩は兄・一二三に電話をかけた 柔道“金”の2人はどんな兄妹?「常に前にいてくれるので、自分は頑張れます」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byRyosuke Menju/JMPA
posted2021/07/26 17:10
阿部一二三と阿部詩は同日に兄妹で金メダルという快挙を成し遂げた。この日に至るまで支え合ってきたふたりには物語がある
どん底に落とされた詩が電話をかけたのは
その矢先、詩はどん底に落とされた。高校1年生のとき、高校総体に出場する。優勝候補として取り上げられていたが、1回戦負けを喫したのだ。
「次に何をすればいいか分からなくなってしまったというか、自分がどこを目指していいのか分からない状態が続きました」
どうすればいいか分からなくなり、電話をかけたのは、兄だった。
「『この負けをどう生かすかは、詩次第やぞ』と声をかけてもらって。そうだな、とけっこう心が落ち着きました」
一二三はこのときのアドバイスを「柔道家に対して、というスタンスではなく、妹に対して、ですね」と振り返る。
兄の言葉も糧にしながら立て直していった詩は、一二三の活躍を見て、自分も追いつこうと努め、階段を上がっていった。
「常に前にいてくれるので、自分は頑張れます」
一時期は詩が「追いついた」「追い越したのではないか」と周囲が見た時期もあった。
2018年の世界選手権をともに優勝で飾ったあと、一二三が主要国際大会で続けて負けたのに対し、詩が破竹の勢いで勝ち進んだ頃だ。
一二三は言った。
「妹には負けてられません。すごくいい刺激をもらっているので、負けじと頑張りたいです」
一方の詩の、兄への姿勢は変わらなかった。
2019年の世界選手権で連覇を達成してなお、言い続けた。
「常に前にいてくれるので、自分は頑張れます」
その根底には、ある思いがある。
「ずっと、お兄ちゃんが成し遂げる姿を見て、『自分にもできるんじゃないか』という気持ちがありました」
先行する兄へ抱く気持ちが変わらないからこそ、金メダルを獲ってなお、「追いついたとか追い越したとか思っていない」と語る詩の決勝戦を、一二三は見ていた。
「絶対に金メダルを獲ってくれると信じていました。そして自分につないでくれると思っていたので、信じて見ていました。妹が金メダルを獲ったときには『絶対にやってやるぞ』と、闘志しか湧いてこなかったです」
励まし、励まされ、相手を思いやり、高めあいながら人生を歩んできた。
その歩みがあって得られた、記録に残る金メダルだった。
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