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「もうあなたじゃないよ、オレなんだよ」“裏切り”の果てに、新三冠王者ジェイク・リーは“恩人”諏訪魔を超えるか?
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2021/07/18 11:00
6月26日、大田区総合体育館で全日本プロレスの三冠ヘビー級新王者となったジェイク・リー
宮原健斗と青柳優馬との異例の巴戦による三冠王座決定戦でさえ、自分の物語のプロローグに過ぎない、とリーは切り捨てた。
「入場の黒いガウンは諏訪魔用に使おうと思っていたんだよ。それが、まさか青柳と宮原に使うことになるとはな」
かつて全日本プロレスでは巴戦が一度だけ行われた歴史がある。1997年4月19日の日本武道館だった。2連勝しなければ試合は終わらない。三沢光晴、小橋建太、川田利明の3者が巴戦でチャンピオン・カーニバルの優勝を争い、この時は2試合目から登場した川田が優勝した。
この日のリーには勢いがあった。かつて川田がそうだったように、2試合目からの登場という利点も十分に生かした形だ。
諏訪魔に「オレに負けたらオフィスで専務の仕事をしろ」
全日本は三冠戦の日程を決めるとき大田区総合体育館にこだわった。そこには初代統一王者のジャンボ鶴田がフィリピンで死去してから21年が過ぎ、三冠王者を鶴田と重ねたいという意向も感じられた。
最初に三冠戦が決まった時、リーは諏訪魔に言った。
「もうあなたじゃないよ、オレなんだよ」
諏訪魔はリーが全日本に入るきっかけになった人だ。そんな諏訪魔とやり合える喜びをリーは感じていた。プロレス復帰を考えた時も諏訪魔に電話した。そんな恩人のような諏訪魔に向かって「オレに負けたらオフィスで専務の仕事をしろ」というのだ。
「面と向かって言われたら、火ついちゃうよね。オレがオフィス専門でいったら危ないよ。ストレスをリング上で発散しているんだから」
諏訪魔はリーの勢いに、参ったなあ、という表情を見せたが、諏訪魔は全日本の顔だ。どんな時でも諏訪魔という強さがあったから、全日本はそのステイタスを保って来られたのだ。いわば諏訪魔が全日本プロレスだった。
リーは「黒い太陽」か、それとも「赤い月」か?
一本になった三冠統一ベルトを持って、「純粋にこいつ重いな」とリーは言った。
「TOTAL ECLIPSE」(皆既日食あるいは皆既月食)。リーが掲げた究極の天体ショーは壮大だ。太陽と月と地球が織りなす幻想のドラマは遭遇の機会こそ少ないが、一度見たらその虜になってしまう。
黒いコスチュームに身を包んだリーがリングに歩く。赤い手袋が異様だ。諏訪魔との戦いのために用意したというコスチュームだが、それは幻想の世界への誘いなのだろうか。黒い太陽と赤い月が刻々とその姿を変えてリング上に出現する――。
64代三冠王者ジェイク・リーの新しい物語が始まろうとしている。