濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
朱里が大号泣、林下詩美は放心状態に… スターダム“赤いベルト”をかけたベストバウトと選手たちが味わった挫折
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byEssei Hara
posted2021/06/18 11:03
朱里(右)と林下詩美はスターダムの“赤いベルト”ワールド王座戦で大激闘を繰り広げた
“K-1王者・朱里”が誕生していた可能性もある
彼女が参戦していた時代のKrushは、後楽園ホール大会で超満員を連発する、日本で最も勢いのある格闘技イベントだった。そこで女子部門を開拓したのが朱里だ。功績は大きい。同じ大会に出ていたのは武尊や弘嵩と功也の卜部兄弟といった、後にK-1王者になる名選手たち。彼らのKrushでの活躍があって、新生K-1が旗揚げされたのだ。もしMMAに転向していなければ“K-1王者・朱里”が誕生していた可能性もある。朱里は単に「たくさんあるキックボクシングのベルトの中の1つを巻いた」というだけではなかったのだ。
MMAで国内5連勝、UFCと契約したことも快挙だった。日本からUFCに参戦した女子選手は、今に至るも数えるほどしかいない。試合のほとんどは海外。アウェーの舞台で世界中から集まってきた強豪と闘う名誉も厳しさも、たっぷりと味わった。
KrushでもパンクラスでもUFCでも、その頑張りをプロレス界の人々に認めてほしかった。だが、彼女が望んだほどには伝わっていないようだった。その一方で「朱里=格闘技の人」という曖昧なイメージで見る者もいると感じた。元WWEのTAJIRIに指導を受けたプロレスラーであることも、彼女のプライドだったのだが。
「結局私は、プロレスでバーンと大きいことをやったことがないんです。スターダムに来ても、自分よりキャリアの浅い選手がどんどん目立っていく。13年やってきて……嫉妬だってしてしまうし……。やっと注目されるようになったんです、スターダムで。ここで結果を出したいんです」
「天国のお母さんにベルトを巻く姿を見せたかった」
今やっと、スターダムで“あるべき自分”を体現し、伝えられるようになった。だからこそ、この団体のトップのベルトがほしいのだ。女手一つで育ててくれたフィリピン人の母が昨年、亡くなったことも大きい。朱里は自分のルーツを強く意識し、SNSでもリング上でもタガログ語をよく使う。たとえば試合後のマイクは「サラマポ(ありがとう)」と締める。そこには母への想いも込められている。「天国のお母さんにベルトを巻く姿を見せたかった……」そう言うと、また涙が溢れた。
悩んで苦しんで、それを強くなることで乗り越えようとした彼女だからこそ“モノが違う女”になった。そんなプロレスラーが号泣するほど腰に巻きたいと願うのが、スターダムの“赤いベルト”なのだ。林下詩美vs.朱里によって、ベルトの価値はまた1段階上がった。男子を合わせて考えても、年間ベストバウトの有力候補だろう。
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