濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
朱里が大号泣、林下詩美は放心状態に… スターダム“赤いベルト”をかけたベストバウトと選手たちが味わった挫折
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byEssei Hara
posted2021/06/18 11:03
朱里(右)と林下詩美はスターダムの“赤いベルト”ワールド王座戦で大激闘を繰り広げた
倒れ込んだ林下と、泣き続けた朱里
この日の林下は、追い込まれても一発で流れを変える底力を見せた。場外戦ではジャーマンスープレックスでエプロンのふち、鋭角の部分に朱里を投げつける。ラリアットなどシンプルな技の迫力も林下の持ち味。とりわけミサイルキックは、それ一発でフィニッシャーにできるのではと思わせるほどだ。
試合は30分時間切れ引き分け。朱里も林下も「まだピンピンしてんだよ!」と決着への執念を見せる。特例の延長戦はエルボーの打ち合いからスタート。コーナーから腕を極めたまま投げる奥の手を出した朱里に対し、林下は前腕部で殴るハンマーパンチを乱打していく。朱里はバックブロー3連発。限界を超えたところで、さらに引き出しが開く。どうやったら終わるのか。この2人が音を上げることなどあるのか。言葉を失うほどのタフマッチは、両者ノックアウトでゴングが鳴らされた。試合時間はトータル43分19秒。
インタビュースペースにたどり着くと、林下は大の字に倒れ込んだ。「何したのかも何されたのかも覚えてない」と言う。朱里はリング上でも取材陣の前でも泣き続けた。号泣だった。
「また赤いベルトを掴むことができなかった……私はたくさんのことを経験してきて、嫌なことや辛いこともたくさんありました。プロレスで輝きたくて、スターダムでやっと注目される、輝ける場所に来ることができた……次こそは必ずベルトを巻きます」
「やっとプロレスで輝ける場所に来れた」
控室に戻ろうとする朱里に、追加の取材を申し込む。快く答えてくれた朱里だが、涙は止まらなかった。
「やっとスターダムに来れたんです。今くらいプロレスで注目されたことって、あまりなくて。やっとなんです。やっとプロレスで輝ける場所に来れた。私はプロレスで輝きたい。レスラーとしての生き様を見せたいんです」
朱里がデビューしたのはエンターテインメント・プロレスの最右翼だった『ハッスル』だ。狂言師の和泉元彌にプロレスをさせた団体といえば、覚えている人もいるだろう。業界の異端を出自に持つ朱里は、強さで存在感を示そうとした。
「最初は“強さが感じられない”と言われて、格闘技に挑戦して死ぬ気で結果を出したんですよ……だけどベルトを巻いてもあまり注目されなくて、それが凄い悔しくて……」
自分はあくまでプロレスラーだと朱里は考えていた。格闘技の世界では「プロレスラーに何ができる」という冷ややかな目を結果ではね返した。だが2010年代、プロレスと格闘技のファン層ははっきり分かれるようになっていた。プロレスファン、プロレスマスコミも朱里の戴冠が凄いことだと分かっていたはずだ。ただその正味のところがどれだけ伝わっていたかは微妙ではないか。