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EURO2012準優勝イタリアは“ピンポン武闘会”もアツかった!? モントリーボが明かす「バロテッリ、本当に強かった」
posted2021/06/10 17:02
text by
マルコ・パソットMarco Pasotto
photograph by
Getty Images
今から9年前、EURO2012ウクライナ・ポーランド大会で、イタリア代表が見せた快進撃を記憶している読者も多いのではないか。
チェーザレ・プランデッリ監督率いるアズーリの中核選手の1人として大会に臨んだMFリッカルド・モントリーボは、決勝戦を含む4試合に出場して1アシストを記録している。
キエフでの決勝戦で、1968年大会以来となる栄冠に挑んだイタリアだったが、当時無敵を誇ったスペインの前に夢は無残に砕け散った。
ロシアW杯予選敗退の痛みを語った1回目に続き、あのときの苦渋とアズーリの秘話を明かすモントリーボ独占インタビューの2回目。アズーリ・ファン必読です。
(翻訳&構成 弓削高志)
最良の思い出は2012年大会、でもスペイン戦は
――それでは、貴方自身のイタリア代表時代の話を聞かせて下さい。プランデッリ監督の寵児とも言われた貴方は、EURO2012ウクライナ・ポーランド大会で中心選手の1人として活躍しました。同大会での準優勝が代表キャリアのピークと言えるでしょうか?
モントリーボ そうだね。2007年の秋に(当時のロベルト・)ドナドーニ監督から初めてA代表に呼んでもらって以来10年間、5人の監督の指導を受ける機会に恵まれた。中でもプランデッリ監督には可愛がってもらったし、僕が代表で最もうまくやれていたのも彼がアズーリを率いていた頃だ。
君の言う通り、僕の代表での最良の思い出はやはり2012年大会と言えるだろうね。あのときのチームは予選のときから歯車が噛み合っていたし、本大会でも1試合ごとに自信を深めながら勝ち上がっていった。そして、あの"最悪の結末"を迎えたんだ。
決勝戦でスペインに屈した0-4の大敗は、誰にとっても忘れられるものじゃない。一言言わせてもらえるなら、失点の3点目と4点目はうちが1人少ない状態で食らったものだ(※57分、先発したモントリーボと交代したMFチアゴ・モッタが、出場からわずか3分で肉離れをおこし負傷退場。交代枠を使い切っていたイタリアは、残り30分以上を10人で戦わざるを得なくなった)。
とはいえ、残念だけど歴史に刻まれるのは4失点大敗という惨めな結果なんだ。