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ぬけぬけ病、大ブレーキ、心の病「でも、もう吹っ切れました」 元駒大エース工藤有生が戦い続けた“苦悩の3年間” 

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佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

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photograph byYuki Suenaga

posted2021/05/12 11:03

ぬけぬけ病、大ブレーキ、心の病「でも、もう吹っ切れました」 元駒大エース工藤有生が戦い続けた“苦悩の3年間”<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

元駒大エースでコニカミノルタ所属の工藤有生さん。今年4月に現役引退を発表した

 2年目のシーズンの6月、東海大記録会の5000mに出場した。コニカミノルタに入社して初めてのレースだった。

「タイムは14分55秒で、その時は走れたという喜びが大きかったです。なんとかここから頑張っていこうと思ったんですが、それから試合に出ていくたびに、自分の理想を求めてすぎてしまって……。練習ではみんなと一緒に出来ていたのに、試合になるとイメージ通りにいかないし、走れない。レース前に最低レベルの記録を見積もって走りはじめるんですが、それすらも達成できない。そんな自分にいつもため息が出ていました」

「ここからいけそうだなって思っていたんですけどね……」

 長いブランクは、自分が走っていた頃のイメージや感覚を根こそぎ奪い取ってしまった。大学時代、箱根の距離(約20キロ)をキロ3分ペースで余裕を持って走れたが、この時はキロ3分ペースで10000mを走るイメージがわかず、どうやって走ったらいいのか、分からなくなっていたという。

 それでも7月にホクレン深川大会で5000m(16分17秒93)、11月日体大記録会10000m(30分24秒35)、12月法政大記録会10000m(31分58秒05)に出場し、2年目のシーズンラストに唐津10マイルも走った。目標の48分を切ることはできなかったが、48分57秒とまずまずの結果を出している。

「この時、キロ3分ペースに近い感じで走れましたし、チーム内での5000mのタイムトライアルでも14分20秒まで出せて順調にきていました。ここからいけそうだなって思っていたんですけどね……」

 3年目のシーズン開始となる昨年4月、コロナ禍の影響で緊急事態宣言が発令され、レースがすべて延期、中止になった。

コロナが“結果を出すチャンス”を奪っていった

「突然、先が見えなくなって、急に不安がのしかかってきたんです。1、2年目で結果を出していない状態で、『これから』という3年目のシーズンにレースや大会がなくなってしまった。タイムトライアルでタイムを出せてはいても、大会で結果を出せていないので、『この人は何をしているんだ』と思われるんじゃないかって、すごく周りが気になるようになってしまって……。自分のことに集中すればいいのに、それができなくなり、徐々にモチベーションも下がっていきました」

【次ページ】 徐々におかしくなっていく身体

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