Number ExBACK NUMBER
“将棋めし”の元祖、鳥取砂丘以外でも全裸、長嶋茂雄と大の仲良し… “49歳で最年長名人獲得”の米長邦雄伝説が濃すぎる
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph byNoboru Tamaru
posted2021/05/04 11:02
(左から)米長永世棋聖、知人の中原伸之さん、長嶋さん、夫人の明子さん
無冠を返上したうれしさのあまり……
一九八八年の第一期竜王戦で米長九段が島朗六段(※1)に四連敗で屈した終局後の夜、米長は悔しさのあまり、対局場のホテルの廊下を全裸で走った。次は一九九〇(平成二)年の王将戦で、米長九段が南芳一王将(※2)を四勝三敗で破った終局後の夜、米長はタイトルを獲得して無冠を返上したうれしさのあまり、対局場のホテルの宴会場で全裸になって踊りだした。
米長は感きわまると、裸になる癖があった。私は、風呂場にいる米長の裸を写真で見たことがあるが、本人が露出したくなるほど立派な「一物」だった。
(※1)一九六三(昭和三十八)年、東京都の生まれ。一九八八年に第一期竜王戦で優勝して初代の竜王位に。タイトル戦に登場は通算六回。順位戦でA級に在籍は通算九期。二〇〇八(平成二十)年に九段に昇段。
(※2)一九六三(昭和三十八)年、大阪府の生まれ。一九八八年に棋聖・王将を獲得し、自身で初の二冠に。その後も四たび二冠に。タイトル獲得は通算七期。順位戦でA級に在籍は通算九期。一九八九(平成元)年に九段に昇段。
ミスターこと長嶋茂雄が米長十段の就位式に登場
一九八五(昭和六十)年二月八日。米長十段の就位式が東京・千代田区大手町の読売新聞社で行われた。その会場に元巨人軍監督(当時)の「ミスター」こと長嶋茂雄さんが主賓として登場し、場内にどよめきが起きた。
米長は、スポーツ新聞が以前に企画した座談会で、長嶋さんと同席した縁で親しくなった。その後、ゴルフをしたり、食事で歓談して交流した。時には平手で将棋を指した。
長嶋さんは就位式で、次のように祝辞を述べた。
「私は学生時代、将棋ばかりやっていました。米長さんと初めて会ったとき、勝負論について意見を交わしました。野球と将棋の共通点は、とっさの直感力やひらめきが大事ということで考えが一致しました。米長さんにはこれからも頑張って、よりスーパー的な記録を残してもらいたいです」
米長は謝辞で、長嶋さんについて、次のように語った。
「私は少年時代から、長嶋さんは憧れの人でした。将棋界のチョーさん(長嶋の愛称)になることが目標でした。私の将棋は一見して勘だけに頼っていて、《カンピューター》とも呼ばれていますが、本質は理詰めです。それは長嶋野球と同じです。実は、私と長嶋さんには、もうひとつ共通点があります。女房の名前がともにアキコ(米長夫人は明子、長嶋夫人は亜希子)です」