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寺地拳四朗が“酩酊事件”を乗り越え涙のV8を達成するまで 「今までよりもボクシングの深い話ができるように」 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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photograph byKyodo News

posted2021/04/26 17:00

寺地拳四朗が“酩酊事件”を乗り越え涙のV8を達成するまで 「今までよりもボクシングの深い話ができるように」<Number Web> photograph by Kyodo News

久田哲也(左)を判定で下し8度目の防衛成功を遂げた寺地拳四朗

お手本は昨年末の井岡一翔

 決して派手ではなく、豪快なノックアウトがあるわけでもなく、それでいて緻密なゲームメイクで試合の流れを引き寄せていく。お手本はWBO世界スーパー・フライ級王者の井岡一翔(Ambition)だったという。加藤トレーナーは昨年末の井岡が3階級制覇王者の田中恒成(畑中)を翻弄した映像を繰り返し拳四朗と見て、解説を施し、ディスカッションを繰り返したという。こうして「考えて、意識して、コントロールしないとできない」というゲームメイクを頭と体に刻み込んだのだ。

 前半は並々ならぬ熱意で王者に向かっていった久田も疲労と、拳四朗のジャブを被弾したダメージもあり、終盤はさすがに落ちてきた。拳四朗は攻め込まれるシーンもほとんどなくなり、終了のゴングを聞いた。

ボクシング生命を脅かす事件を契機に

 今回の拳四朗はリングの外の話題でまずは世間を賑わせた。世界が新型コロナウイルスの感染拡大でパニックになっていた昨夏、拳四朗は酩酊して見知らぬマンションに侵入し、他人の車を傷つける事件を起こし、これが週刊誌報道で秋に発覚した。被害者とはなんとか示談に落ち着いたが、ボクシング生命を脅かす失態に、V7チャンピオンは蒼白となった。

 拳四朗が試合後に涙を流したのは、こうした背景があったからだが、自ら招いた難局を経験し、人に支えられ、助けてもらったことで、人間的にひと回りもふた回りも成長したことは自他ともに認めるところである。

 加藤トレーナーは「今までよりもボクシングの深い話ができるようになった」と証言する。それだけボクシングに対してもより謙虚に、真摯に取り組むようになったということだろう。

 天真爛漫というイメージがぴったりだった拳四朗も29歳。ボクサーとしてより深みや厚みを増すにはちょうどいい時期だ。目標に掲げる連続13度の防衛の日本記録更新と、ライト・フライ級4団体制覇にはもう少し時間がかかる。拳四朗にとっていいターニングポイントになった試合だったと思う。

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