ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
寺地拳四朗が“酩酊事件”を乗り越え涙のV8を達成するまで 「今までよりもボクシングの深い話ができるように」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byKyodo News
posted2021/04/26 17:00
久田哲也(左)を判定で下し8度目の防衛成功を遂げた寺地拳四朗
後半の久田の反撃に「こうなれば大丈夫」
拳四朗は理想とするほどはプレッシャーをかけ切れずにいたものの、ジャブで久田を痛めつけ続けた。それでもこの試合にかける久田はあきらめない。後半に入ると、思い切り踏み込み、腕を伸ばした右ストレートが拳四朗をとらえるシーンが出始めた。久田が反撃の狼煙を上げたようにも見えたが、加藤トレーナーは「こうなれば大丈夫」と感じたという。
「拳四朗の脚に対して、あれだけ前傾になってパンチを打つというのはバランスが崩れてきた証拠。そう私は考えるんです。今までの経験からいって、相手があれをやり出すと落ちてくる。はまってきたな、と思いました」
拳四朗と加藤トレーナーはこの試合に向けてさまざまな改革に取り組んできた。重心の位置、バックステップ、プレッシャーのかけ方……。中でもここで特に取り上げたいのはそうした技術を実際にどうポイントに、ノックアウトに結びつけるかというゲームメイクだ。拳四朗は試合の流れをいかに作るかを強く意識してこの試合に臨んでいた。
拳四朗がそれほど上回っていたわけじゃないが
試合では久田が攻勢をしかけ、拳四朗が後手に回っているように見えるシーンが少なからずあった。しかし、拳四朗は久田の攻撃をステップワークでかわし、たとえ被弾してもダメージの少ない形で相手のアタックを寸断する。そして次の場面では必ず畳みかけて久田の攻勢を帳消しにしてしまうのだ。ジャッジにしてみれば、ラウンド途中に「このラウンドは久田だな」と一瞬思うのだが、そのあと拳四朗が攻勢に出るため「う~ん、やっぱり拳四朗」ということになる。
加藤トレーナーは次のように説明する。
「相手をいなしたあとがすごく大事だよ、という話はかなりしていました。久田選手は打ち合いに発展したときの嗅覚がいいし、ここで当たると思ったら思い切り振ってくる。ひとつひとつの接点で見たら、拳四朗がそれほど上回っていたわけじゃない。でも、全体的なゲームメイクでは上回っていた。ラウンドを振り分けるなら拳四朗になる。そこの差だったように思います」