濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
アジャコング「いいですかやっちゃって」 取締役レスラー・藤本つかさが“被災地”凱旋興行に涙しそうになった理由
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2021/04/22 17:00
アイスリボン取締役でもある藤本つかさ(中央)の凱旋興行は彼女の成人式会場でもある宮城県利府町の会場で行われた
地元っぽさ全開の大会に駆け付けたのは
迎えた4月18日、朝からヒヤッとする出来事があった。会場設営中の9時29分頃、何よりも憎い地震がまた来たのだ。藤本の胸にも言葉にできない感情が込み上げる。が、地元の人たちは落ち着いたものだったそうだ。
「これなら震度3くらいだね。大丈夫」
慣れている、という表現でいいのかどうか。東北の人々の、その落ち着きの奥にどんな経験があるのかは想像もできない。ともあれ無事にリングが組み上がり、開場すると地元の観客だけでなく遠征組も。入り口で出迎えたのはご当地ヒーロー。
オープニングではやけにノリのいい熊谷町長が(プロレスの)マスクを着けて登場し、選手たちにエールを贈った。藤本のためのオリジナルソングを歌ったのは、同じ観光大使のシンガーソングライター・翼tasku。藤本の中学陸上部の後輩で、同級生の弟でもあるそうだ。この人間関係の“狭さ、近さ”がまた地元っぽい。
試合は藤本が「私の大好きな人たち」と言うメンバーによる、いつも通りのアイスリボンのプロレスだった。昨年末にタイトルマッチを闘った鈴季すずと安納サオリがタッグを組んで合体技を披露し、世羅りさは宮城もちにイス攻撃。「宮城県柴田郡柴田町出身」とコールされたもちに「柴田町? 知らねーよ!」とイジるのも定番の楽しさだ。ラム会長、山下りなとのREBEL&ENEMYトリオで出場した雪妃も、楽しさと激しさが同居した試合で沸かせる。ここでは何かに“反逆”する必要はなかった。
デカくて強いアジャたちに立ち向かう姿
メインのカードでは藤本が中島安里紗、春輝つくしと組んだ。どちらもタッグベルトを巻いたことがある、藤本の大切なパートナーだ。対戦したのはアジャコング&松本浩代&星ハム子。レジェンドとフリーのトップ選手とアイスリボンでの藤本の同期。重量級パワーファイターチームでもある。
何しろアジャたちはデカくて強い。自然に、藤本のチームが“立ち向かう”姿が試合のポイントになった。何度やられても立ち上がってみせる、そのこと自体が東北の人々へのメッセージだった。
それでいてエンターテインメント色も強い。今この時期に必要なのは“重さ”より明るさということだろう。ハム子がコミカルな動きで笑わせ、味方のアジャがツッコミを入れる。アジャは客席にいる藤本の両親に「いいですかやっちゃって」と聞いてから強烈なチョップ。観客は笑った直後にウッと声が詰まる。町長も副町長もプロレスを初めて見る観客も、みんな気持ちよくアジャの掌で転がされていた。さすがと言うしかない。