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アジャコング「いいですかやっちゃって」 取締役レスラー・藤本つかさが“被災地”凱旋興行に涙しそうになった理由
posted2021/04/22 17:00
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Norihiro Hashimoto
ある日突然、知らない番号から電話がきた。故郷の町長からで、なおさら驚いた。電話したのは宮城県利府町の熊谷大(ゆたか)町長。受けたのは女子プロレス団体アイスリボンの藤本つかさ。
「知り合いから藤本さんのことを聞いてお電話しました。“利府町出身で女子プロレスで頑張ってる子がいるから応援してあげて”って」
利府町にある宮城スタジアムは東京オリンピックのサッカー競技会場。もともと町はスポーツ振興、アスリートの応援に積極的だったそうだ。驚いた藤本だったが、行動は早かった。
「実は私、いま利府町に里帰りしてるんです」
思い立ったら動くのが藤本だ。すぐに会う約束をした。以前から、団体の取締役選手代表として女子プロレスの知名度アップに取り組んでいる。偶然の出会いをいくつもの企画に発展させてきた。
今回もそうだった。被災地支援も含めたレスラーとしての活動が認められて利府町観光大使に任命。2020年の4月に記念大会「利府リボン」が開催されることになった。これまで仙台での試合はあったが「リアル地元」では初。集客と予算の兼ね合いを考えると、多くの団体にとって首都圏と5大都市以外での大会開催は簡単ではない。その大きなチャンスだった。
「利府町の人たちに私が好きな女子プロレスを見てほしい。県外のプロレスファンの人たちには、私が育った利府町を見てほしい」
東日本大震災から10年、2月の地震で会場が破損
取締役として後輩たちのバックアップに回ることも多い藤本だが、今回は完全な主役。地元からもらったご褒美のような大会だった。そこに直撃したのがコロナ禍である。大会は延期を余儀なくされた。誰のせいにもできず、藤本は泣くしかなかった。
1年後の開催があらためて決まる。2021年4月18日、利府町総合体育館。1月には藤本がシングル王座ICE×∞のベルトを巻いた。フラッグシップ王座7度の戴冠は異例だ。今年は団体15周年。記念イヤーを自分が引っ張るという気持ちからベルトに挑んだ。同時に「利府大会にベルトを巻いて出たいという気持ちも、どこかにあった気がします」と藤本。
お膳立ては整ったはずだった。奇しくも東日本大震災から10年。そこに大きな意味を感じてもいた。だが、その地震にまた泣かされることになった。2月13日の夜、福島県沖を震源とする最大震度6強の地震が発生。数日後、藤本に「会場破損により使用不可」の報が届く。自分が主役の大会で、自分ではどうにもできないことばかり起きてしまうのだった。