濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
アジャコング「いいですかやっちゃって」 取締役レスラー・藤本つかさが“被災地”凱旋興行に涙しそうになった理由
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2021/04/22 17:00
アイスリボン取締役でもある藤本つかさ(中央)の凱旋興行は彼女の成人式会場でもある宮城県利府町の会場で行われた
「こうなったらどんな場所でもプロレスをやる」
利府町観光大使任命記念の大会だから「近隣の仙台市内の会場で」というわけにもいかない。代替会場探しが進む中、藤本は「こうなったらどんな場所でもプロレスをやる」と決意した。もともとアイスリボンはリングを使わない「マットプロレス」からスタートしている。
藤本も神社の境内や走行中の山手線でプロレスをしてきた。今回だって、最優先なのはプロレスを届けることだ。何より、地震に負けたくなかった。
「去年のコロナの時は仕方ないと思いました。でも地震が原因で諦めるっていうのは絶対イヤなんです。そんな姿を後輩たちにも東北の人たちにも見せたくない。“地震だからしょうがない”と一度諦めたら、すべてにおいてそうなってしまいそうな気がして」
腹を括ったら、事態は好転した。自治体の尽力で工事のスケジュールが早まり、予定通りに会場を使えることになったのだ。3月27日には2度目の王座防衛に成功。利府町にベルトを巻いて帰ることが確定した。
団体のために嫌われ役になった雪妃真矢に
ただ藤本に言わせると、これは「挑戦者・雪妃真矢のためのタイトルマッチ」でもあった。雪妃は一昨年から昨年にかけて長期政権を築き、同時にユニットREBEL&ENEMYを結成して団体に“反逆”した。自己主張が弱い後輩たちに毒づき、発奮を促してタイトル戦線を活性化させるためだ。
「雪妃は嫌な役回りをやってくれました。おかげで中堅が活躍するようになってきた。でも今度は“くすぶってる中堅が”なんて言わなくていい雪妃とタイトルマッチをやりたい」
団体のために嫌われ役になった雪妃に、役割を気にせず伸び伸びと力を出してほしい。そんな思いから、藤本は彼女を挑戦者に指名したのだった。チャンピオンとしてだけでなく、取締役としての判断と言ってもよかった。
序盤の緻密なグラウンドから気迫のこもった打撃戦。クライマックスの大技ラッシュは、手の内を知る者同士ならではの切り返しによってスリリングさを増した。この2人だからこそできる、女子プロレス最高峰の闘いだった。
得意技ジャパニーズオーシャン・サイクロン・スープレックスホールドで王座防衛を果たすと、藤本は雪妃に選手会長再就任を要請。インタビュースペースでは「ゆくゆくは私と同じ取締役に」と語っている。雪妃は団体にとってそういう人材だということだ。それを広く伝えるためにも“反逆者”ではない雪妃とタイトルマッチをする必要があった。ベルトを故郷に持ち帰るための関門というだけの試合ではなかったのだ。