リオ五輪PRESSBACK NUMBER
荒れた生活から復活した水の怪物。
フェルプスが乗り越えた苦難の年月。
posted2016/08/10 16:30
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph by
Getty Images
「ロンドン五輪まで努力しなかったことを後悔している」
引退を撤回し、リオ五輪に臨むにあたってマイケル・フェルプスはこう表現した。
輝かしい功績の持ち主である。今大会で5回目の五輪出場。これまで獲得したメダル総数は23個、そのうち金メダルは19個。北京五輪では、五輪史上初の8冠を達成した。ロンドン五輪では7種目に出場し、金4個、銀2個と、周囲から見れば素晴らしい成績だ。
後悔しているのは結果ではない。ロンドンまでの過程だ。
フェルプスは北京後に一度引退宣言し、競技を離れている。「北京のような練習をもう一度するなんて冗談じゃない。もう目標を達成したから、やるべき事なんてない。世の中にはもっと楽しいことがある。自分探しをしたいな」。そう言って陸に上がった。
2年ほど経ってから、ロンドン五輪を目指して再びプールに戻ってきたものの、目標は明確ではなく、練習への遅刻、無断欠席が続いた。
「何もかもどうでも良かった」
苦笑いしながらそう振り返る。
ロンドン五輪後は飲酒、カジノと荒れた生活。
多くの選手が五輪を目指して全身全霊で努力をしている際に、中途半端だったと振り返る。競技復帰の理由も明確ではなかった。北京五輪では史上初の8冠を達成したため、ロンドン五輪では五輪史上最多メダルを目指すことになったが、メダルを取ってさっさと楽になりたい、そんな態度だった。
そのツケは当然ながら、ロンドン五輪で回ってきた。一番大好きな種目という200mバタフライで、0秒05差で南アフリカのチャド・レクローに敗れた。銀メダルとわかった瞬間、フェルプスの表情は凍りついていた。負けるはずがない、そう思っていたのだろうか。
「自分は金メダルにふさわしくなかった」そうフェルプスは振り返る。
27歳で迎えたロンドン五輪は競技者として脂の乗った時期で、努力次第で結果は変わっていたかもしれない。努力しなかった自分を恥じ、後悔し、フェルプスは再び暗い闇を彷徨った。飲酒、カジノ通いなど荒れた生活を送り、2014年には飲酒運転で逮捕されている。アルコール依存を治す施設に入り、そこで受けたセラピーで、これまでの荒れた生活の原因の1つが幼い頃に別れた父親との確執にあることが分かった。