Number ExBACK NUMBER
「おーい、ハンバーグ!」ジャマイカから来た少年・鈴木武蔵が浴びた痛烈な言葉…“シッカロール”を全身に塗りつけた日々
text by
鈴木武蔵Musashi Suzuki
photograph byGetty Images
posted2021/04/01 11:06
ルーツを持つジャマイカと対戦したU-17W杯(2011年)。小学校入学と同時に来日した鈴木は、当時に浴びた言葉の一つ一つを今でもハッキリと記憶している
その日から再び、おじいちゃんが切るようになった
「僕のせいだ、僕のせいなんだ。僕がみんなと違うから、この人もおじいちゃんも困っているんだ」
髪を切られているあいだ、僕はずっと全身に力が入ったままだった。両手の掌は汗びっしょりで、「この場から消えていなくなりたい」とずっと思っていた。鏡に映っているだろう自分の姿を、僕は最後まで見ることができなかった。
「はい、終わったよ。どう?」
そう言われると、僕は鏡を見ずに「ありがとうございます」とだけ言って、おじいちゃんのもとへ駆け寄った。そして、会計をしているおじいちゃんの後ろで、僕の心は締めつけられたままだった。
「もう二度と髪を切りになんか行かない」
帰り道、僕の思いをおじいちゃんも察してくれたのか、その日から再び、僕の髪は中学を卒業するまでおじいちゃんが切ってくれた。
毎朝、鏡の前に立ってみると、そこには僕がいる。いつもと変わらない僕がいる。お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんとは肌の色が違う。僕と弟は黒いけど、3人とも白い。僕にとっては、3人の白さは違和感がなかった。なぜならば、それは僕 が生まれたときからの日常だったからだ。日本で僕が見る世界は、この3人と同じ人たちがたくさんいるという印象だった。
でも、周りからすると、僕は「異質」に映るようだった。そしてそれが許されることではなかったようだ。
武蔵少年が手に取ったシッカロール
僕の目から見える世界は、ジャマイカで生活していたときから変わらない。もちろん、文化や風景は違うけど、僕が僕であることには変わらない。
なのに、ジャマイカのときにはまったくなかった人の視線や、自分に対する否定的な言葉によって、僕は自分自身に大きな疑問を抱くようになった。
「僕は黒いからダメなんだ。白くなれば、こんな視線や言葉を浴びなくていいんだ。白くなりたい。どうやったら、僕はみんなのように白くなれるんだろう」
僕は必死で考えた。「何で僕だけ見た目が違うの?」と、自分自身に疑問の目を向けた。でも、どんなに考えても答えは生まれてこない。
思い立った策が、「シッカロール」を全身に塗りつけるという行為だった。
でも、シャワーで「シッカロール」を落としていくと、床のお湯の色は白くなっていくのに、鏡に映る自分は、みるみるうちに黒くなっていく。その現実に絶望感が襲った。工夫をしても、何をしても、鏡に映る僕はどうしても変えられない。
そして、次の日の夜になると、「もしかしたら、しばらく続ければ効果が出てくるかもしれない」と、また全身に「シッカロール」を黙々と塗っていた。
「むっちゃん、そんなことをしなくてもいいんだよ」
お母さんは何度も僕の肌の色のことを肯定してくれる。
でもね、お母さん、違うんだ。お母さんは好きかもしれないけど、僕の周りの人間のなかには、好きじゃない人もいるんだよ。僕のことを変だという人がいるんだ。それが嫌なんだ。
僕は何も悪いことしていないんだよ。白くなろうとこんなに努力しているんだよ。でも、その人たちは僕のことを認めてくれないんだ。僕のなかで自分は武蔵だけど、周りから見た僕は「ムサシ」のままだった。
【後編へ続く】《あの見た目で日本代表なんて》…SNSで目にした差別ツイートに鈴木武蔵が返信したこと「お父さんの血がなかったら」