ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
引退も考えた“どん底”の京口紘人がアメリカ初戦で防衛成功 井上尚弥級スターの道へ、「ギリギリ合格点かな」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byKyodo News
posted2021/03/15 17:02
試合前の計量会場でポーズを取る京口紘人(左)とアクセル・アラゴン・ベガ
コロナ感染で引退まで考えた“どん底”の昨年
京口は昨年11月、大阪で決まっていた防衛戦を自らの新型コロナウイルス感染で前日に中止にしてしまった。周囲に迷惑をかけてしまったという思いは強かった。隔離期間中にはグローブを壁に吊すことまで考えた。どん底の状態から「引退は逃げだ」と思い直して復活への道を歩み始めるまでには大きな葛藤があったことだろう。
だからこそ今回の試合に向けては、感染症対策に周囲が驚くくらいの神経を使った。練習の行き帰りは公共の交通機関を使わず、スタッフに車で送り迎えしてもらった。アメリカ入りしてからは他の選手が使っていたホテル内の食堂をかたくなに利用せず、自室で食事を摂り続けた。そばで見守り続けた深町信治マネジャーは試合後、「コロナ対策にはかなりナーバスになっていた」と明かした。
加えて期待に応えたいという気持ちはこれまで以上に大きかっただろう。昨年12月、イギリスの大手プロモーション、マッチルームボクシングと契約できたのは、軽量級離れした強打と攻撃的なファイト・スタイルが評価されたからだと感じていた。ましてや舞台は「世界チャンピオンになってから目標としていた」というアメリカ。モチベーションの高さをアピールしなければいけない、ノックアウトしなければいけない、という焦りや気負いにつながりかねなかった。
浮かべた安堵の表情がすべてを物語っている
こうしてようやく試合を迎え、さまざまなプレッシャーをはねのけて無事に勝利を収めることができたのだ。主審がTKOを宣告した瞬間、京口が浮かべた安堵の表情がすべてを物語っているように思えた。
今回の勝利により、京口はボクシング人生の新たなステージを迎えたことを強調しておきたい。京口はこれまで国内で防衛戦を重ね、2階級制覇までしたにもかかわらず、井上尚弥(大橋)や村田諒太(帝拳)、井岡一翔(Ambition)のような注目を集めることはかなわなかった。本人にしてみれば悔しくつらい思いがあったはずだ。それがマッチルームと契約を交わし、初戦となるいわば“査定マッチ”とも位置づけられる試合に勝利したことで、世界のマーケットに本格進出する準備が整ったのである。