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中学ではサニブラウンとともに優勝 大竹風美子がラグビーに惹かれた瞬間「あちこち走り回って自由だなって」

posted2020/12/02 11:00

 
中学ではサニブラウンとともに優勝 大竹風美子がラグビーに惹かれた瞬間「あちこち走り回って自由だなって」<Number Web> photograph by Masataka Kougo

大竹風美子はオリンピックへ向かい、今なお勢いを増している

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後藤茂仁(Number編集部)

後藤茂仁(Number編集部)Shigehito Goto

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Masataka Kougo

「あちこち走り回ってて、自由だなって」

 リオ五輪の男子セブンズ日本代表の試合を偶然テレビで見た彼女は、ひと目でその魅力に惹き込まれたという。

 高校3年でラグビーを始めるまでは陸上選手として活躍。中学の東京都大会では同い年のサニブラウン・アブデル・ハキームとともに100m、200mで優勝。高校では七種競技に転向し、3年夏のインターハイで6位入賞。自身目標としていた5000点を超えて「陸上をやりきった」と思ったタイミングで、ラグビーに出会った。

「七種競技の経験はすごく活きています。スピードはもちろん、ハンドオフには砲丸投げの動き、キックオフの空中戦には走り高跳びの動きが活きていると思います」

この1年はより一層ラグビーに一生懸命に

 高校3年秋のユース世代の強化合宿の測定会で才能を見いだされると、ラグビー経験ゼロで代表合宿に練習生として参加した。

「コーチや先輩が一から教えてくれて、ミスしてもすごく優しく接してもらって。お叱りを受けることももちろんありますけど、すごくいいコーチや先輩たちばかりで」

 その後、急速に成長を遂げると、強みである身体能力を武器に、'18年のアジア大会では金メダル獲得に大きく貢献した。

「お世話になった先輩たちのために、一番いい色のメダルを取ろうと強く思っていて。結果もですけれど、先輩たちが嬉しそうにしてるのが本当によかったと思いました」

 大学を卒業する来年からは、プロとして活動することを決断している。

「五輪が延期になって、この1年はより一層ラグビーに一生懸命になるべきだし、集中したいと思って、この道を選びました」

 将来は人に元気を与えられるアスリートになりたい、という彼女の快進撃はまだまだ止まりそうにない。

大竹風美子Fumiko Otake

1999年2月2日、埼玉県生まれ。日本体育大学在学中。高3の冬にラグビーを始めたのと同時に、女子セブンズ代表の強化合宿に招集。'18年アジア大会では競技歴約1年半で金メダルを獲得。ポジションはウイング。172cm。

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