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「99人がネット転売しても…」松坂世代“最後の野手”渡辺直人の神対応エピソード
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byKYODO
posted2020/09/24 11:30
9月13日に現役引退の記者会見をした楽天・渡辺直人。今季からは一軍打撃コーチを兼務
「僕が100人にサインをして、99人がオークションに出すかもしれない。でも、本当に僕のサインが欲しいファンだって必ずいます。その人のために書き続けます」
そう球団に訴えたというのだ。
この逸話に「胸を打たれた」と、直人に伝えたことがあった。すると、彼は「熱いね、俺!」と相好を崩し、その原動力を力説した。
「僕らはナイターが終わっても練習とかして帰るから、球場を出る時間が遅いじゃないですか。それでも待ってくれているファンがいるわけですよ。だから、僕にサインを求めてくれるならやっぱり書くべきだし。そういう気持ちは、昔から変わっていませんよね」
涙を流した鉄平と嶋基宏
直人は楽天のみならず他球団のファンからも愛される選手だ。それは、彼が情に厚く、チームへの忠誠と貢献を体現するからだ。
横浜への電撃トレードが発表された10年のシーズンオフ。鉄平や嶋基宏が別れを惜しむように涙を流したシーンは、直人の人間性を表す上であまりにも有名だ。自身も後ろ髪を引かれる想いはあったというが、「今度は横浜が俺のすべてだ」と気持ちを切り替えた。そして、移籍1年目の11年から主力として126試合に出場し、チームに尽くした。
13年途中に移籍した西武でも同じだった。16年に70試合の出場ながら打率3割をマークするなど、スーパーサブとしてベンチには欠かせない選手となっていった。
戦力外通告からの「ご褒美」
自分の居場所を大切にする直人が、かつてこのように話していた。
「やっぱり、そのときにいるチームに愛着を持ってプレーしないとダメじゃないですか。そこで自分の色を出して、チームのみんなに理解してもらわないと受け入れてもらえないと思うし。ベイスターズとライオンズではそういう気持ちでやっていましたね」
直人は有言実行のごとく、いつだって、どこにいたって全力を貫いた。西武から戦力外通告を受けた17年、古巣の楽天が獲得に手を挙げたのは、彼にとって何よりのご褒美だった。
入団から引退まで、1球団のみに在籍する「ワンクラブマン」ではなかった。それでも直人は、プロとしてキャリアをスタートさせた楽天で現役を終えられることを「幸せだ」と、嬉しそうに綴った。
そして、先の引退会見でも同じように断言していた。
「やりきった」と。
通算成績は1134試合に出場し打率2割5分9厘、853安打、115盗塁、184犠打(成績は9月17日現在)。
直人のプロ野球人生は、実績以上に豊潤で、愛に満ち溢れた旅路であった。