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KO負けだけど最高評価 元ボクサー・三浦隆司が振り返る「2週間寝れなかった」バルガス戦
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byGetty Images
posted2020/09/23 11:00
バルガスとの激闘は、アメリカの複数のメディアで年間最高試合に輝いた
悔しすぎて2週間寝れなかった「バルガス戦」
’15年11月、世界のボクシングファンが注目するサウル“カネロ”アルバレス対ミゲール・コット戦のセミファイナルで、防衛戦を行うことが決まった。挑戦者はメキシコのフランシスコ・バルガスだった。
第1ラウンド中盤、三浦は右フックをまともに食らい、膝が折れる。ダウンこそ免れたが、早々に深いダメージを負った。苦い顔で思い出すのは葛西だ。試合前、想定外の事態があったという。
「完璧な状態に仕上げてリングに向かおうとしたら、歌が始まったんです。そんな話は聞かされてなかった。10分か15分。三浦は走ってましたよ。かわいそうでした」
厳しい船出を王者は耐え、態勢を立て直す。第4ラウンド終盤には、爆弾のごとき左ストレートを炸裂させ、挑戦者を真後ろに吹っ飛ばした。
だが、流血しながら立ち上がったバルガスを仕留めにいけなかった。三浦が言う。
「目が全然死んでない。オーラが消えてなかったんです。内山さんの時もそうでした。ほかの相手とは、そこが違った」
形勢は逆転したかに見えたが、三浦にも余裕はなかった。第9ラウンドの開始と同時に倒しにいったのは、早く終わらせたい気持ちに急かされたからだ。
いまだ目に光を宿すバルガスは、死角からの左アッパーを皮切りに連打を浴びせた。三浦はたまらずダウン。本人の意識では立とうとして足を挫いた。リング上でつんのめり、あまりの見栄えの悪さにストップをかけられると焦り、再び立ち上がると同時に両拳を高く掲げて戦意を示した。
試合は続行を許された。三浦はなりふり構わず危機をしのごうとしたが追撃をかわしきれない。右ストレートを食らってのけぞった直後、レフェリーに割って入られた。
「あれほど悔しい負けはないです。2週間くらい寝られなかった」
初回いきなりの被弾。倒しにいった判断ミス。まだやれたのに、言わせてしまったストップの声。悔やむべきポイントはいくらでもあった。頭の中で何度リプレイを流してみても、それは強い弱いの問題ではなく、勝負のアヤとしか思えなかった。
37戦のキャリアで唯一「何もできずに負けた試合」
三浦はこんなことを言う。
「実力差が出たKO負けもあれば、たまたま、ちょっとした掛け違いでKO負けになることもある。だから、KO負けしたから弱いとは思わないです。逆に判定負けのほうが本当の負けなのかなって。パンチを当てさせてもらえなかった。KOできなかった。それは技術で負けたということ」
もう一つ、経験的持論がある。
「見せ場をつくって負けてる時っていうのは、またモチベーションになるんです」
バルガス戦がアメリカで年間最高試合の評価を受け、三浦の思いとファンの期待は一致を見た。だから再起した。
もう一度、世界のベルトを奪いにいったミゲル・ベルチェルト戦。三浦は第1ラウンドにダウンを喫し、その後も見せ場なく12ラウンドを戦い終えた。37戦のキャリアで唯一、「何もできずに負けた試合」。
0-3の判定負けが三浦のラストマッチになったのは、必然だった。
【《八重樫東》編(https://number.bunshun.jp/articles/-/845103)から続く】