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創業360年超「鍵屋」15代目は、花火と柔道のコロナ禍逆境にめげていない
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byRodrigo Reyes Marin/AFLO
posted2020/09/22 17:00
例年行われている江戸川区花火大会は「宗家花火鍵屋」が担当している(写真は2014年のもの)
花火と柔道には共通点がある?
一瞬の間を感じ取る。ふと思いついたのは、安喜子さんが熱中していた柔道だ。相手との動きの駆け引きの中でどのように一本を取りに行くか――実は共通点があるんじゃないでしょうか? そう聞くと、安喜子さんは清々しい笑顔を浮かべる。
「そうかもしれないですね。自分自身にも瞬時の決断が必要ですし、周りのスタッフも私の指示がいつ来るか分からない。また、私が始めた当時の柔道界はまだ女性が少なく、花火師の世界も男性社会です。その中で女性が生きる大変さや厳しさはありましたが、皆さんが緊張感をもってサポートしてくれる。多くの仲間ができて支えてくれていると実感しています。
そして人間形成という幹の部分も、柔道のおかげでしっかりと培われてきたと考えています。先ほど話した周囲のサポートとともに、自分との向き合い方によってもです。柔道という金メダルを期待される競技で、金メダルを取れなかった時には悔しさや惨めさ、嫉妬心など、人としては認めたくない“心の濁り”を知りましたし、それはエネルギーをすごく浪費するものだとも感じました。むしろそれならば自分が前に進むためにエネルギーを費やした方がいい。だからこそ、社会に貢献していく姿勢を持つ――それは柔道家としてだけでなく花火師としても、ものすごく生きていると考えています」
大震災、戦争、コレラも乗り越えてきた
こう真摯に語るとともに「炎天下で肉体労働ですから、柔道は体力的な部分でも生きていますよ(笑)」と何かとユーモアを交えてくれる安喜子さんだが、核心を聞いてみないと。花火大会のない2020年、大変な立場なのではないですか?
「そう思って取材に来られたのでしょうけど、全然そんな感じじゃないでしょう?」
確かにそうなのだ。安喜子さんの語り口はここまでずっと快活だった。少しは鬱々としても仕方ないご時世なのに、これほどまでに凛とされているのはなぜなのか――そんな疑問を率直にぶつけたら、こんな風に答えてくれた。
「鍵屋という屋号は360年の歴史が続いていて、大事に引き継いできました。この歴史の中には2つの大震災があり、戦争があり、江戸時代にはコレラ、そして現在はコロナウイルス禍を経験しています。でも……そういった物事を乗り越えて、今に続いているんです。
コレラの時には慰霊、悪疫退散のために花火を打ち上げた歴史があり、今回のコロナ禍でも打ち上げました。それぞれの災厄で犠牲になった方などへの思いをはせるとともに『こういったことは起こり得る』という感覚で生活する。事実を受け止めて、対応していく力をずっと持ち続ける。そして鍵屋の暖簾を手放してはいけない。その思いは常にありますね」