野ボール横丁BACK NUMBER
明徳義塾・馬淵監督の勝利への執念。
逆転サヨナラ“ベスト布陣とトンボ”。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKYODO
posted2020/08/10 18:45
夏の甲子園中止が決まった際には3年生に「高校野球の目的は人間づくり」と語りかけていた馬淵監督。交流試合で甲子園通算52勝目をあげた。
「不完全燃焼や……」と交流試合での雪辱を誓った。
試合は8回表を終えた時点で、一時、2-5と3点差をつけられた。しかし、8回に2点、9回にも2点を挙げて、劇的な逆転サヨナラ勝ち。
ツーアウト1、2塁から、4番・新澤颯真(そうま)がライトオーバーの当たりを放ち、2人目の走者が生還した瞬間、馬淵は、ひと目もはばからず、体を反らせ、両腕を突き上げた。この男には、大人ぶった冷静な振る舞いは似合わない。
高知の独自大会では、決勝で惜敗し、「不完全燃焼や……」と交流試合での雪辱を誓った。
トンボのマークが逆さまになっていた。
交流試合用に新調した感染予防の白いマスクの右下には、上を向いた紺色の小さなトンボのマークがプリントされていた。
古来、将軍などがトンボをあしらった甲冑を愛用するなど、前にしか飛ばず決して引かないトンボは勝ち虫として愛玩されてきた。
もともとは馬淵と親交が深かった済美の元監督、上甲正典が、ゲン担ぎでよくトンボのマークをTシャツなどに入れていた。
馬淵は歴史小説が好きだったこともあり、いつの頃からかそれを模倣するようになった。帽子のつばの裏にトンボをプリントしたものを縫い込んだり、あるいは練習試合用のユニフォームの左袖にトンボをデザインするようになった。
ところが試合後、記者たちの前に現れた馬淵のマスクに描かれたトンボのマークは逆さまになっていた。つまり、マスクを上下逆につけていたのだ。
取材が終わるなり、部長の佐藤洋が馬淵にそれとなく知らせた。馬淵がばつの悪そうな顔をした。
「(もっと早く)言うてくれや〜」
トンボは下を向いていた。しかし、馬淵の顔についていたトンボは、それでも前へ、前へと飛んで行きそうに見えた。
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あいつら、普段はパッパラパーだけど、野球だけは本気だったから。(女子マネ) 2018年夏の甲子園。エース吉田輝星を擁して準優勝、一大フィーバーを巻き起こした秋田代表・金足農業は、何から何まで「ありえない」チームだった。きかねぇ(気性が荒い)ナインの素顔を生き生きと描き出す、涙と笑いの傑作ノンフィクション。
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