セリエA ダイレクト・レポートBACK NUMBER
中村俊輔はレッジョで逞しくなった。
セルティックの英雄となる男の秘話。
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byNaoya Sanuki
posted2020/04/11 20:00
日韓W杯落選後のセリエA挑戦。レッジーナで中村俊輔はプロサッカー選手として逞しくなった。
ブッフォン、ネドベド、デルピエーロ。
降格圏の18位にいたレッジーナが、首位ユーベを2-1で破る大番狂わせを演じた。先発出場した俊輔は、先制し追いつかれ、再び勝ち越すシーソーゲームを89分まで戦い、その後のユーベの猛攻と歴史的勝利をベンチで見守った。
後半アディショナルタイムにユーベの劇的同点弾が決まったかに思われたが、主審ジャンルカ・パパレスタはオフサイドがあったとして判定を撤回。ノーゴールが確定した瞬間、それまで固唾を呑んで静まり返っていた満員の本拠地オレステ・グラニッロは歓喜の爆発で揺れに揺れた。
ちなみに、ゴール撤回に激怒した当時のユベントスGMルチアーノ・モッジが、試合後にパパレスタ主審をスタジアムの一室に監禁していたことが後に判明。悪名高い審判買収・脅迫事件“カルチョーポリ”を象徴する一戦としても知られている。
何しろ相手はCL優勝候補の一角だった常勝ユーベだ。ゴールマウスには守護神ブッフォン(26歳!)がいて、その前にはカンナバーロ、テュラムの鉄壁コンビ。ネドベド、エメルソン、カモラネージが待ち構える中盤には潰される予感しかない。デルピエーロも劣勢の後半から途中出場し、俊輔の眼前で一時同点となるゴールを奪ったのは3歳年下の新人イブラヒモビッチだった。
欧州屈指の豪華メンバーにシーズン最初の黒星をつけたのだから、チームが得た爽快感と自信はハンパなかった。レッジーナはこのユーベ戦から快進撃を始め、最終的に10位という好成績を残している。
俊輔のイタリア3シーズン目は、当初勝ち星にこそ恵まれなかったものの、就任1年目のマッツァーリから繋ぐスタイルの中心に据えられ、欧州のリアルサッカーへの適応に飛躍的な成長が見られたときだ。
普段は少ない白星にまで冷静な俊輔も、ユーベ戦の後はさすがに「今日の勝ちはでかいね」と声を弾ませたことを思い出す。
気づけば南イタリアの男の匂いが。
セリエAでの経験を経てスコットランドに旅立つ前に、俊輔と一緒に食事をする機会があった。
レッジョ・カラブリアの町一番のホテル屋上にある見晴らしのいいテラスで、初夏の陽射しを受けた彼は海の向こうを見ていた。
彼が「いつもの持ってきてよ」と言うと、ウェイターは心得ていますよ、とばかりにボウル山盛りのぶつ切りレモンを運んできて、うやうやしく町自慢の10番の前に置いた。
俊輔は自分のグラスに注がれたミネラル・ウォーターにレモンスライスを2、3個丁寧に入れた後、「ほら」と爽やかに勧めてきた。
俊輔は、いつの間にか気さくで逞しい、南イタリアの男の匂いがするようになっていた。