プロレス写真記者の眼BACK NUMBER
コロナ戦時下での異様なにらみ合い。
無観客プロレスのこれからを考える。
posted2020/03/31 20:00
text by
原悦生Essei Hara
photograph by
Essei Hara
動かない。動こうとしない。5分経過。10分経過。2人はリング上で向かい合ったまま、動かない。コーナーに近いところには藤田和之、リングの中央近くには潮崎豪が立って、互いに鋭い視線を送っていた。だが、2人とも動かない。
15分経過。藤田がゆっくりと歩いてコーナーを移動したが、触れ合うことはなかった。
にらみ合いは続いた。緊張した空気が観客のいない後楽園ホールを包んでいた。30分経過。
31分過ぎのファースト・コンタクト。藤田がタックルで潮崎を押し倒した。藤田は上四方固めで強引に押さえこみに入り、ケサ固めといった地味な攻撃で潮崎を締め上げる。
「(ロープ)エスケープするなよ」(藤田)
こう言われては、潮崎は意地でもロープに逃げることはできない。そこには、まるで、かつて新日本プロレスの道場で行われていたようなスパーリングの雰囲気があったが、藤田の強烈な締め上げに潮崎の口の中はもう切れて赤く血に染まっていた。
グラウンドは藤田の優位が続いた。このまま数分で藤田が一方的に勝って試合が終わってしまっても不思議ではない、とも感じられたが――。
メインの前の3試合は通常とほぼ同じで……。
3月29日、後楽園ホール。東京都内での新型コロナウイルス(COVID-19)感染者が連日増え続ける中、潮崎と藤田のGHCヘビー級選手権試合は無観客で行われた。
後楽園ホールのリングサイドにはパイプイスは並べられず、全部で約50人程度の関係者がそれを見守るだけだった。
本来、この試合は3月8日に横浜文化体育館で行われるはずだったが、大会自体がコロナウイルスによる自粛で中止になったものだった。
29日は「ノアLIVEマッチ」として観客を入れずに全4試合が組まれたが、メインの前の3試合は、選手たちは通常とほぼ同じように動いた。
もちろん、違和感を十分に覚えていただろうが、そう動こうと努めていた。
逆に藤田と潮崎は静寂の中、30分以上も接触することなくにらみ合ったことで、無観客試合を強く印象付けた。カメラマンが移動する足音すら大きく聞こえる静けさだった。