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藪恵壹が語る、No.1の天敵とは?
打たれた満塁弾、巨人との苦い記憶。
text by
藪恵壹Keiichi Yabu
photograph byKazuaki Nishiyama
posted2020/03/31 11:40
阪神のエースとして活躍した藪恵壹氏。巨人戦には苦い思い出が多いようだ(写真は1994年)。
弓長さんの誕生会が中止に……。
印象深いマウンドを挙げるにしても、巨人戦が真っ先に浮かびます。ルーキーイヤーの1994年7月5日。初回にホームランで1点、さらに5回にも1点を奪われたのですが、早いうちから味方が援護してくれたこともあって、5-2で9回まで辿り着いたんです。先頭バッターの落合さん、岡崎郁さんと2人を抑えて、2アウトランナーなしで完投目前。そこからが悪夢でした。
まず、H・コトーをファーストフライに打ち取ったと思ったら、ポトンと落ちてしまった。さらに元木大介に粘られた末、フォアボールを選ばれて、次が村田真一さん。カウント3-1からアウトローへ投げたんですが、もう130球を越えていましたから、インハイに入った。そこをガツンと3ランで同点にされてしまいました。
あのショックは今でも鮮明に覚えていますよ。結局、延長10回に1点を勝ち越されて5-6で敗戦したんです。翌日にはリリーフだった弓長起浩さんの誕生日会を予定していたんですが、あえなく中止になりました(笑)
天敵を挙げるなら……やっぱり。
そういえば、この試合で初回にホームランを打ったのが松井秀喜でした。たくさんのバッターと対戦しましたが、あえて私の「ナンバーワン」の天敵を挙げるなら彼かもしれませんね。やっぱりホームランを打たれるのが一番嫌ですから。
中でも印象深いのは1997年8月に打たれた満塁ホームランでしょうか。実はそれまで730イニングぐらい、満塁ホームランは打たれていなかったんです。1000イニングを目指そうと思っていた矢先のことでしたから、強く記憶に残っています。その後も、毎年1本ずつぐらいホームランを献上していましたね……。目先を変えるため、必死にナックルやチェンジアップを投げて、何とか抑えようとしていました。
ちなみにそのチェンジアップは、新人時代の高橋由伸への対策として、当時監督だった野村克也さんの指示で覚えたものでした。おかげで当初は無安打に抑えることができましたが、それ以降はボコボコにされました……。やはり、巨人には苦い思い出が多いですね。