Sports Graphic Number WebBACK NUMBER

<エールの力2019-2020 vol.8>
寺川綾「泳いで叫んで勝利をめざす」 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

PROFILE

photograph byAFLO

posted2020/03/30 10:30

<エールの力2019-2020 vol.8>寺川綾「泳いで叫んで勝利をめざす」<Number Web> photograph by AFLO

忘れられないロンドンでのリレー。

 世界の檜舞台で10年以上戦ってきた寺川さんには、忘れられないレースがあるという。

 4年に一度開催されるアスリートの祭典、ロンドン2012。

 この大会で、寺川さんは100メートル背泳ぎで銅メダルを獲得する。

 アテネで初出場を果たしながら、4年後の北京を逃した彼女にとって、それは悲願のメダルだった。だが、表彰式を終えてインタビューエリアに向かう彼女に、笑顔はなかった。

「質問にちゃんと答えるのは、リレーが終わってからでいいですか?」

 そういって、喜びの声を期待する報道陣の前を通りすぎてしまったのだ。

「いいときも悪いときもずっと見守ってくれた記者のみなさんに、愛想の悪い対応をしてしまいました」

当時を振り返って、寺川さんは苦笑する。

 メダルはうれしいが、すでに終わったこと。彼女の視線は、400メートル・メドレーリレーに向いていた。リレーにすべてを懸けていたのだ。

「リレーのメンバー4人は、私を含めた3人が同じチームでいつも練習していたこともあって、姉妹のように仲良しでした。ただ4人のベストタイムを合計しても、やっと5位。ですからメダルは難しいと思われていましたが、私たちは絶対に獲れると信じて努力していたんです」

先輩として優しい口調で励ます。

 メダル獲得は、第1泳者の寺川さんと第2泳者、平泳ぎの鈴木聡美にかかっていた。後半のバタフライと自由形は体格に勝る欧米勢が強いため、前半に貯金をつくるというのがメダルへのプラン。

「最年長だった私は、聡美ちゃんに『すべては私たちにかかってるからね!』、『私たちでなんとかするのよ!』なんて言っていました。聡美ちゃんは大舞台でも動じるところがなくて、笑顔で『はい、がんばります!』なんて言う。とても頼もしかったですね」

 リレーはうしろにいくほどプレッシャーがかかる。

 第3泳者、バタフライの加藤ゆかは、大事なレースになると固くなるタイプ。アンカーの大役を担う自由形の上田春佳も、いつになく心細そうで、口を開けば「緊張します」とつぶやいている。

 そんなふたりに、寺川は「私たちが引っ張るから大丈夫。がんばろう!」と声をかけていた。

 アンカーの上田には、「代わってあげられなくて、ごめんね。でも一緒にがんばろうよ」と優しい口調で励ました。

 そして、勝負のときが訪れる。

【次ページ】 「お願い! お願いお願いお願い!」

BACK 1 2 3 NEXT

ページトップ