「お願い！　お願いお願いお願い！」

　スタート前の恒例、スタンドからの「ゴー、ジャパン！」のかけ声を耳に先陣を切った寺川さんは2位で自らの役目を終え、すぐさま仲間が待つレーンへ戻り、落ち着いた声でしゃべり始めた。

「すでに第2泳者の聡美ちゃんが泳いでいて、第3泳者の加藤さんとアンカーの上田さんが出番を待っている。集中しきった表情の彼女たちに、私はひたすら声をかけていました。『大丈夫』とか『引き継ぎに気をつけて』とか」

　レースは、それまで何度も想定した通りの展開になった。鈴木が3位で粘り、緊張していたバタフライの加藤が自己ベストに迫る会心の泳ぎを見せ、3位を守る。

　そしてアンカーの上田が覚悟を決めて飛び込む。

　それまで落ちついて仲間を励ましていた寺川さんが、その瞬間に豹変する。

　飛び込み台から身を乗り出すようにして、胸の前で両手を組み、「お願い！　お願いお願いお願い！」と叫び出したのだ。

　大歓声に包まれるアリーナの中で、寺川さんは祈るように叫んでいた。その思いは通じる。アンカーの上田は一度は4位に落ちながらも、驚異の粘りを見せて再逆転。寺川さんと仲間が待つゴールに、3位で帰ってきたのだ。

　大声援にはげまされ、第1泳者の役割を果たした寺川さんが、最後に応援する側になって仲間を懸命に鼓舞する。その先に歓喜の瞬間が待っていた。

　ロンドンの歓喜を振り返って、寺川さんは言う。

「いま振り返ってわかったのは、アンカーが飛び込むまで、私は心からの期待をそのまま口にしていなかったということ。“頼むよ”なんて声をかけると、後輩たちを不安にさせてしまいますから。でも、アンカーが飛び込んだときから、もう言いたい放題の応援になっていました。競技中はみんなに応援されて、仲間が泳いでいるときは自分が応援する側にまわる。リレーならではの醍醐味かもしれないですね」

　勝負に挑むスイマーたちが、ファンとひとつになって声をからす。

　そんな熱い東京の日々を、寺川さんは待ちわびている。

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