1回を終え、1分で整えた頭の中。

　試合は、静かにスタートした。

　王者がプレッシャーをかけ、挑戦者がステップして左に回る。西岡は左ストレートを警戒されて距離を取られ、踏み込んでもパンチが届く気配はない。右ガードを上げて警戒を緩めず、互いにパンチが空を切った。

　試合が動いたのは、残り1分を切ったころだった。西岡がロープ際に詰めて左ストレートを見舞った後、反撃に出たゴンサレスの左フックをかわす。そのとき、足がそろったところに右ストレートを浴びて尻餅をついてしまったのだ。

　まさかの初回ダウン。一気に場内が沸く。すぐに立って呼吸を整えたものの、ゴンサレスはすぐ突進してきた。残り30秒、その猛攻を何とかしのぎ、コーナーに帰還した。

「距離が遠く感じていて、何とか1回、2回踏み込んで少し左が当たった。それでちょっとホッとしたときに（パンチが）来たんですよ。全然効いてはなくて、座っただけ（笑）。ただ、何のパンチをもらったか分からなかった。コーナーに戻って流れていた映像を見たら、なるほど右をもらったのか、と。左のパンチは見切っていたので、意識を相手の右に置こうと考えました。そして左を打っても全部バックステップでかわされるから、まずはジャブで立て直そうと思っていました」

　わずか1分の間に、西岡の頭はすっかり整理されていた。まずはジャブ、そして相手の左ばかりでなく右に対する警戒心を強める。その意識を持って、コーナーを飛び出していった。

ジャブが得意な王者をジャブで制する。

　その2回がターニングポイントとなった。

　慎重を崩さないゴンサレスに左のカウンターを狙いながらも、ボディを丁寧に叩いた。残り1分となってからはインサイドから鋭いジャブがビシビシと入るようになる。ゴンサレスの顔つきが明らかに変わった。

　セコンドの葛西は手応えを感じていた。

「ゴンサレスはジャバー。ジャブを得意とする選手です。ジャバーは、逆にジャブをもらうと傷つくもの。“どうしてもらうんだろう”と困惑する。でもチャンピオンのあんな凄いジャブ、練習でも見たことがない（笑）。ジャブが届けばつまり左も届く。ゴンサレスは1回ダウンを取ったから、倒さなきゃと気負ってたようにも見えました。追い込まれているのは向こうのほうだと思いました」

　ジャブでリズムを生み出し、主導権を握りつつあった。しかしそれでも西岡は慎重なゴンサレスとアウェーの雰囲気に気を引き締め直していた。

「向こうは俺の左を意識しているから、ジャブには戸惑ったんじゃないですかね。でも距離はまだ遠いし、どうやって（左を）当てようかなとばかり思いながらジャブを打ってました。ポイントは取ったなと思ったけど、ゴンサレスは残り10秒になってガーッと来る。パンチはまったくもらってないのに、観客は騒ぐわけですからね」

【次ページ】　バックステップにもう1度踏み込む。