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井上尚弥にバトンを渡した人がいる。
西岡利晃の「不滅のジョニゴン戦」。 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

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photograph byAFLO

posted2019/11/19 08:00

井上尚弥にバトンを渡した人がいる。西岡利晃の「不滅のジョニゴン戦」。<Number Web> photograph by AFLO

西岡利晃がジョニー・ゴンザレスを敵地でKO。ボクシングの常識は、こうして1つずつ覆されてきたのだ。

バックステップにもう1度踏み込む。

 そして運命の3回を迎える。

 ジャブで攻撃を組み立てながら西岡はあることに気づいた。そしてこう心のなかでつぶやいた。

「俺が踏み込んだら、こいつは全部バックステップする。だったら1回じゃなく2回続けて踏み込んでみればいいじゃないか」

 このひらめきを実行する瞬間はラウンド開始から間もなくして訪れた。ゴンサレスの右ストレートをかわして右に回る。そして右に一度踏み込んだ後、目視では確認できないほどのスピードでさらにもう一度踏み込んだ。あれだけ遠かった距離が、あっという間に縮まった。十分なタメをつくって放たれた矢のような左ストレートががら空きのアゴを捉え、ゴンサレスの体はロープまで吹っ飛んだ。

 逆襲のダウンッ!

 ゴンサレスのダメージは深そうだ。ニュートラルコーナーに戻った西岡はあくまで冷静に、ゴンサレスが立ち上がったところに襲いかかる準備をしていた。

「(顔を下げて)アゴを引くイメージで打ったから、ボディに来ると思ったんでしょうね。いつも倒すときと一緒で、抜けるような感触でした。でも1回にダウンを取られているし“よしっ、これでイーブンだ"と思ったんです。試合が終わるまで気を抜くつもりはありませんでした」

やったこともないステップを本番で。

 だが、ゆらゆらと立ち上がるゴンサレスを抱えて、レフェリーは試合をストップ。沈黙する敵地の会場で王者の雄叫びだけが響き渡った。日本人王者がメキシコで、それも誰もが知るジョニゴンに勝ったのだ。日本ボクシング界に久しぶりに舞い込んできたビッグニュースだった。

 ダウンを奪われながらも状況を分析して流れを変え、一度のチャンスで倒し切る。このとき披露した高速のステップは「今見ても真似できない」という。

「あんなステップはやったことないし、後で見てもどうしてできたんやろうと不思議に思いますよ。速いし、俺の足、どうなってんのやろうと(笑)。あそこまで左はほとんど当たってなくて、とにかく速く当てることだけを考えていたんです。試合前はゴンサレスは前半が強いし、後半勝負だと思ってました。でも1回にダウンしたんで、ここは倒そうと。そういう気持ちで戦ったうえでの結果でした」(再構成、ここまで)

【次ページ】 マルケスに勝利、そして運命のドネア戦。

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