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井上尚弥にバトンを渡した人がいる。
西岡利晃の「不滅のジョニゴン戦」。 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

PROFILE

photograph byAFLO

posted2019/11/19 08:00

井上尚弥にバトンを渡した人がいる。西岡利晃の「不滅のジョニゴン戦」。<Number Web> photograph by AFLO

西岡利晃がジョニー・ゴンザレスを敵地でKO。ボクシングの常識は、こうして1つずつ覆されてきたのだ。

マルケスに勝利、そして運命のドネア戦。

 完全アウェーで初回にダウンを喫し、2回に立て直して、3回にアドリブの高速二段踏み込みで倒し切る。漫画やドラマの世界でもなかなかお目に掛からない。メキシコのラジオ局が畏怖するように叫んだ「モンスターレフト」は、西岡を形容するニックネームとなった。WBCからは年間ベストKO賞として表彰も受けた。

 衝撃度満点のKO劇によって彼は評価を高め、のちにラスベガスでラファエル・マルケスと戦い、きっちりと3-0判定で勝利してノニト・ドネアとのビッグマッチにつなげた。ドネアは当時4階級制覇を果たし、スーパーバンタムでもIBF、WBOと2団体のベルトを保持していた。

 2回に強烈な左アッパーを食らった。

「ドネアが2人います」

 セコンドに二重に見えることを彼は伝えている。目のダメージが回復するまで、前に出ていくのを自重した。

 6回だった。勝負に出た西岡に、またも左アッパーが待っていた。ダウン。しかしここからが彼の真骨頂だった。ありったけの力でストレートを振り切り、アゴをかすめた。生還した西岡を迎え入れた葛西トレーナーの一言が、筆者はたまらなく好きだ。

「お前、男だな!」

 あのジョニゴンをブッ倒した一戦が、西岡の経験値としてインプットされている。最大のピンチこそが最大のチャンスなのだ、と。

 結果は9回TKO負けだった。狙った左ストレートより先にドネアの右をまともに食らった。2度目のダウンから立ち上がった。足元はふらつき、レフェリーが止めた。だが、目は死んでいなかった。ドネアを、生きた目でとらえていた。

西岡の一発が井上にも繋がっている。

 歴史はつながっている。

 ドネア戦の舞台となったカリフォルニア州カーソンに、井上は5年後に訪れてニエベスを下している。そして今回、西岡が戦ったドネアと名勝負を繰り広げている。

 思うのだ。

 井上は日本ボクシング界に突然出てきたスーパースターなのか?

 いや違う。

 西岡だけじゃない。長谷川穂積、内山高志、山中慎介……日本人世界チャンピオンのKO防衛が当たり前という時代に入り、井上もそれを眺めてきたはず。名王者の先輩たちからバトンを受けて、ここに井上がいる。そんな気がしてならない。

 KOの魅力。

 倒すタスクと倒されるリスクには、紙一重の世界がある。

 狙っているわけではない。リスクよりもタスクを追い求めているだけなのだ。彼らは勇敢にその領域に飛び込もうとする。

 西岡利晃のあの一発は、きっと井上尚弥にもつながっている。

 西岡がモンスターレフトなら、井上はモンスター。

 何だろう、このつながり方は。

 井上とドネアの試合を録画でも観たあと、何だかあのモンテレイの興奮をもう一度味わいたくなった。

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