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古豪復活を目指す沖縄水産の今――。
甲子園請負人が秘める夏への期待。

posted2019/11/17 09:00

 
古豪復活を目指す沖縄水産の今――。甲子園請負人が秘める夏への期待。<Number Web> photograph by Yu Takagi

甲子園準優勝記念碑の前で写真に収まる上原忠監督。沖縄の球児たちとともに「甲子園請負人」が22年ぶりの夏を目指す。

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高木遊

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「来年の沖水は、打倒・沖縄尚学の一番手」

 県内の野球関係者ではもっぱらの評判だ。かつて甲子園で一世を風靡した沖縄水産高校に復活の機運が高まっている。

 今秋の沖縄大会3回戦、近年の沖縄高校球界を引っ張る2強の1つ、興南高校を相手に10-2の7回コールド勝ち。また新人戦では、今秋の王者・沖縄尚学高校にも、相手が甲子園不出場メンバーだったとはいえ勝利している。古豪の今に迫った――。

 10月末でも沖縄の気候は暑い。プレミア12を前に最終合宿を張った侍ジャパントップチームの選手たちも多くが半袖でプレー。年間を通して温暖で、野球をするには最高の環境だ。

「1年中野球ができるから、昔の沖縄は弱かったんですよ」

 そう笑うのは現在の沖縄水産を率いる上原忠、57歳。別名「甲子園請負人」。

故・裁監督に憧れて、高校野球に。

 長らくの悲願であった沖縄県勢の甲子園制覇に、1980年代後半から1990年代前半に大きく近づいたのが故・裁弘義監督率いる沖縄水産だった。裁は今ほど普及を見せていなかったウェイトトレーニングを用いるなどして強化に努め、豊見城と沖縄水産の両校で甲子園出場17回(部長としても1回)。1990年、1991年には沖縄水産を2年連続甲子園準優勝に導いた。

 上原はその裁に憧れ、高校野球の監督になった。自身が中学教諭だった時代には飛び込みで指導のイロハを伝授されたこともあった。裁監督のモットーであった「大胆細心」は今も部訓となっている。

 取材時では、裁監督と同様に個々の能力を上げるトレーニングに多く時間を割いていた。取り入れている加圧トレーニングを選んだ理由は「疲れも取れやすいし怪我も少ない」とのこと。さらに現在は1、2年生だけで部員数78人という大所帯。

「バーベルの数が少ないのに部員がたくさんおるもんですから。加圧なら自重でもできますからね」

 練られたトレーニングで沖縄球児たちを日々鍛え上げている。

【次ページ】 2016年春にやってきた「請負人」。

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